うさぎと患者《クランケ》

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 有坂の呼吸に合わせて、心臓が鼓動を刻む。呼吸音と心音がやけにうるさい。目に張る水の膜がどんどん厚くなる。 「一緒に行ったところの話をしてさ、美味しかったもの食べてさ…………僕といた時の雅也の思い出を持っているのは君だけなんだよ」  本条が求めているのは、有坂ではない。かつての恋人だ。誰も有坂自身を求めていない気がして、有坂が懸命に守ってきた自分というものが消し飛びそうで怖くなる。  それでも、あの夢の中の優しさと温もりに幸福を感じていたのは有坂自身の感情で本心だ。今でもそれに焦がれてしまう。有坂の身体を掻き抱く腕は、夢の中と同じ感触と温度を持っている。手を伸ばせば、すぐそこにある。 「お願い。なんでもするから」  有坂は選んだ。それも、最善とは言えない選択だった。 「じゃあ、…………じゃあ、本条さんは、俺を抱けるんですか」  本条からの返答はなかった。 「だ、だって、夢の中でも、そういう…………」  有坂の顔が燃えるように熱くなる。 「……本当に、いいの?」  本条の問いかけに、どくん、と一際大きく心臓が脈打つ。この関係は結んではいけないと思いつつも、望んだ通りの結果を得られる期待が膨れ上がった。 「少しの間だけ、僕の恋人になってくれる?」  本条の甘い囁きに、有坂は抗えなかった。乾いて張り付く唇を開き、有坂ははい、とか細い声で答える。自分はとんだお人好しで、ずるい人間だと思った。こんな関係は不毛に違いないのに、現実の本条を一欠片でも手に入れたかった。ほんの少しでも好きになってもらえたらという、祈りにも似た夢想を抱く。  身体に回された本条の手を握る。有坂の手は震えて、その力はひどく頼りない。  それが合図だった。  背後から顎を掬われ唇が合わさる。有坂は身体を捻って本条の舌を受け入れた。キスを交わしながら、本条の手が有坂のTシャツの下に潜り込む。有坂が初めてのキスに翻弄されている間、本条は有坂の乳首を指の腹でくにくにと摘み硬く育てていく。有坂の陰茎がジーンズの下でどんどん膨らみ、痛みと窮屈さに我慢できず自分で寛げた。  そこにも本条の手が入り込む。陰茎を握られただけでぴくりと僅かに持ち上がった。自慰をするたびに想像し、自分の手に投影してきたことが現実となりひどく興奮する。優しく陰茎を摩られるたびに先走りが溢れた。快楽は有坂の身体の中で膨らみ続け自重を支える腕はガクガクと震えていた。背中にのしかかる本条の身体の重みにも耐えきれず床にうつ伏せになる。それでも本条の愛撫からは解放されず、触られた部分が疼いて仕方がない。より強い刺激を求めて敏感になった乳首や陰茎を床に擦りつけた。 「あっ、あっ、本条さっ……も、イクッ……!」  本条が顔を上げるも、有坂はラグに性液を放ってしまった。栗の花に似た匂いが広がる。    
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