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どこからが現実で、どこからが夢だったのか。有坂は昨日の出来事を記憶から手繰り寄せる。
そして、やはり最初から本条の愛情が自分に向けられていなかったのだと確信した。夢の中で、本条の瞳に映った顔は、本条の恋人の雅也のものだった。そして、有坂の角膜のドナーも雅也だ。つまり、あの夢は、"すべて雅也の目を通して見た出来事"だったのだ。
夢の中の本条の愛おしげな眼差しは、自分に向けられたものではなかった。優しい言葉や仕草も、笑い声も仕事の愚痴も美味しいものを食べた時の喜びも性愛も、すべてかつての恋人に向けられていたのだと、気づきたくなどなかった。
痛む心を守るように体を丸めれば、気配に気づいたのか眠ったまま本条が有坂を抱きすくめる。
甘く胸が疼いて、ああ、やはり好きだとときめきが胸を刺す。しかし感情までかつての目の持ち主に引き摺られているのではないかと思うとゾッとした。
ベッドの中は二人分の体温が混ざり合って暖かく、身体を包む布団やシーツは柔らかい。本条の腕の中は居心地が良く、お互い休みを取ったのでいつまでも微睡が許されている。
それなのに、甘やかで暖かい場所にいるのに、凍えるような寂しさに胸を抉られる。
穏やかな朝は泣きたくなるほど幸せで、そして今すぐ死にたくなった。
本条が目覚める前に、有坂はそっと腕を抜け出して部屋を出た。
恋人のフリなんてやめよう、本条が愛しているのは自分ではないのだから。
そう思っていたのに、本条から身体を気遣うメッセージがきてまた会いたいと請われれば有坂は揺れた。一日中メッセージアプリを開いては閉じることを繰り返したが、後ろ髪を引かれながら何度か来るメッセージを無視した。
いつもの服装、決まった通路を辿って大学に行き、普段と同じものを食べ、講義が終わればアルバイト先に行く。有坂はいつも以上に神経を使ってルーティンをなぞった。早く"いつもの"生活に戻りたかった。
しかし本条はそれをあっさり突き崩す。アルバイトが終わりいつもの道で、本条と有坂が出会った場所で、本条は待ち構えていた。
「お疲れ様」
と本条は笑いかけるが、有坂は震え上がった。
「ご飯食べに行こうか。それとも遊びに行く?」
有坂は「結構です」と答えるだけで精一杯であった。
しかし肩を抱かれ捕まってしまう。離れなければと危機感を抱くが、やはり一緒にいたいという気持ちも湧き出しせめぎ合う。結局食事だけなら、と了承してしまった。
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