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「すみません……やっぱり、体調が……」
「そんなに?! ごめんね、無理させちゃったかな」
「……今日は帰らせてください」
有坂は半泣きになりながら訴える。夢と現実の境目がどんどん統合されていく。自分の身体も頭の中も侵食されていくようで、有坂の心は追い詰められていった。
「じゃあ送るね」
本条は肩を抱いて踵を返す。
自宅を知られるなんて、と焦ったが、有坂はいつも決まった時間に決まったルートで家に帰る。それを変えるのは有坂にとって多大な労力を要するためルーティンを変えることはないだろう。何も言わなくても自宅を突き止められるのは時間の問題だ。
有坂は、どうにか本条と恋人との思い出がない場所を探した。そして、白くてふわふわのウサギのフォルムを思い出す。
「……本条さんの家、行ってもいいですか?」
本条は目を丸くする。有坂も、さもその気があるような物言いをしていることに気づき赤面する。だが本条はいいよ、と微笑みタクシーを捕まえた。
マンションに着いて部屋に入ると、デジャヴや眩暈は起こらなかった。
一度現実に訪れたからだろうかと有坂は考察する。幾分か心と身体を休めることができ、考察できるだけの余裕が出てきた。それと同時に、なぜタクシーで帰らなかったのかと後悔する。
「大丈夫? 横になってもいいんだよ」
本条は座椅子にもたれかかる有坂の横に座った。ウサギの"わたあめ"はケージから出され、折り畳み式のサークルの中でぴょこぴょこ跳ねている。
有坂はわたあめを見ていると落ちついた。ふわふわした丸っこい生き物が動いているのが単純にかわいらしく、また、本条と有坂だけが共有する記憶だからだ。
「大丈夫です。……癒されますね」
有坂がわたあめを見ていることに気づき、本条は
「抱っこしてみる?」
と立ち上がる。有坂が遠慮する間も無く、本条はわたあめを抱えて座椅子に戻った。
わたあめは身を乗り出し、ふんふんと有坂の匂いを嗅ぐ。赤い目は好奇心と警戒が混じっており、有坂はなんとなくじっとしていることにした。するとわたあめは、本条の腕から抜け出し有坂の膝に乗った。手足に生えた爪がチクチクするが、足の裏までふかふかで、有坂は「おぉ……」と感嘆の声を上げる。
しかしすぐ飛び降りてしまい、ぴょこぴょことリビングを跳ね回る。本条はわたあめを捕まえてサークルに戻した。
「ちょっと慣れてきたね」
本条はニコリと振り返る。
「かわいいです」
有坂もつられて頬が緩んだ。本条と自分だけが持つ繋がりが増えたような気がして嬉しくなる。
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