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それゆえに、それから本条に会うときはマンションで過ごすことを好んだ。
たまに見覚えのあるショッピングモールに行ったりダーツバーに誘われたりして目眩に苦しんだが、併設された映画館で見た映画は初めて見るものであったし、本条のダーツの腕前が上がっていて差分を見つけることができ、純粋にデートを楽しめる部分もあった。
何度もマンションに行くうちわたあめにも懐かれ、有坂の前でも身体を伸ばして座ったり毛繕いしたりして心を許している様子を見せた。
今の有坂は、本条との時間を積み重ねていくことが楽しくて仕方がない。この時間は、有坂と本条だけのものだと信じて疑わなかった。
ただ最近は、本条は仕事が忙しいらしく会える日が減っている。疲れているのか、会っても少し気怠げにしているのが気になる。
それに追い討ちをかける出来事が有坂に起こったのは、梅雨の半ばだった。
その日、有坂は土砂降りの雨の音で目が覚めた。朝なのに部屋は真っ暗で、この場所こそ夢の中ではないかと疑った。
有坂は、初めて夢を見ることなく朝を迎えた。あの事故から、毎日のように見ていた夢を。
まず頭に浮かんだのは
「どうしよう……」
という焦りだった。本条が恋人になるよう持ちかけたのは、有坂が本条の恋人の目と記憶を持っていたからだ。それがなくなった今、本条から直ぐにでも別れを突きつけられてもおかしくないと有坂は焦燥に駆られる。
有坂はスマートフォンを点け、今まで見た夢の内容を記憶から引っ張り出し片っ端から書き殴った。時系列も文章も支離滅裂だったが、忘れる前に少しでも記録に留めておきたかった。フリック入力する指が思考に追いつかず苛つきがつのる。さらに書けば書くほどビジョンは遠ざかり、思い出せなくなっていく。
途中でアラームが鳴り、それを止めることも煩わしくスマートフォンをベッドに叩きつけたくなった。
だがそのアラームは大学に行く時間を告げていた。ルーティン通りの家事も出来ず、いらつきながら有坂は大学に行く支度をする。
洗面所に駆け込んで顔を洗おうとすると、鏡の中には見知らぬ美青年がいた。有坂は悲鳴をあげ後ろに飛び退いた。しかし目が離せない。よくよく見れば、本条のかつての恋人の雅也だった。雅也は微笑み口を動かす。
もういいよ
と言った気がした。なにが、と訪ねる前に有坂の視界は暗転する。そして土砂降りの雨の音で目を覚ました。
夢の中にいたのだとたった今気づいた。夢がどんどん現実に侵食しているようで恐ろしく、身体がこわばって起き上がれなかった。
だがその日から、有坂が夢を見ることはなくなった。
もう何がなんだかわからない。今夢の中にいるのか、それとも現実なのか。
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