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有坂は不安に駆られて初めて自分から本条に連絡を取った。本条は、夢の中でも現実でも有坂のそばにいてくれる。
事情は伏せて会いたいと言ったが、本条は快く予定を空け、マンションで会うことになった。有坂は、夢を見なくなったことを正直に言おうと決意していた。本条がどんな答えを選んでも、まずは不安を吐き出させて欲しかった。
最寄り駅に迎えに来た本条は変わらぬ笑みを浮かべていたが、肌の張りがなく目元にはうっすら隈ができていた。
「大丈夫ですか? 俺、本条さんのこと何も考えずに来ちゃって」
「気にしないで。僕は会えて嬉しいから」
いつものように、恋人のように手を繋ぎマンションへ向かう。本条の部屋に入ると、慣れた匂いに落ち着いた。わたあめは有坂の方を向きぴすぴすと鼻を鳴らす。
本条はわたあめを有坂に抱かせる。わたあめは頭を有坂の掌の下に潜り込ませ撫でるよう催促した。額をゆっくり撫でてやれば、わたあめは有坂の膝の上で身体を伸ばし目を細める。
本条は有坂の横に座り、頭を肩に乗せ深く息を吐いた。
「最近忙しいんですか?」
「まあね、休日出勤とか残業とか変わってあげてるんだ。中々会えなくてごめんね」
「それは全然……いえ、会えれば嬉しいですけど……」
有坂は赤面してしまう。
そして、夢のことを話すべきか否か、迷いがでてきた。わざわざ言わなくてもいいのではないか、本条と過ごす幸福な時間を壊す必要があるのかと。
わたあめを撫でる手が止まり、鼻先でぐいぐいと掌を押される。有坂はごめんごめん、とつい話しかけてしまい、本条は笑みを深める。気恥ずかしくなった有坂は別の話題を向けることにした。
「あの、何がきっかけでウサギを飼い始めたんですか」
「うん……そうだな、駆け落ちかな」
ギョッとする有坂に、本条は悪戯っぽい目を向ける。
「僕はね、今の会社に転職する前、化粧品メーカーにいたんだ。化粧品てさ、新しい成分を使うときは動物実験が必要なんだ。知ってる?」
「え……」
聞き慣れない単語に有坂の言葉がつまる。
「ウサギの目に薬品を投与してどんな影響が出るのか見るんだ。実験が終わったら殺処分される。それを見て僕は」
本条は言葉を切る。何かを思い出すように長い睫毛を伏せ、かわいそうだなって、とうわごとのように続けた。
「……それで、辞める時に無理言って実験用に繁殖されてた仔を買い取ってきたんだ」
有坂はなんと言っていいかわからなかった。化粧品メーカーの壮絶な裏側についてもそうだし、本条は恋人の死以外のところでも傷ついてきたのだと思った。
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