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しかし、本条はどう思っているかわからないし、夢の中で会っていただのセックスしただのとバレたら軽蔑されるに違いないと有坂の背中に冷たいものがつたう。有坂が口にしない限り明かされることはないが、本条の余裕のある大人の目にはすべて見透かされていそうな気がしていた。
だからと言って、本条の家に行ってみたいという欲求には勝てず、また、自分が本条を襲う度胸もテクニックもないと思い直し、
「い、行きます」
と答えたのであった。
コンビニで酒とつまみを買うと、本条は数分歩いた先にあるマンションに有坂を招いた。
床も照明も壁も、どこもかしこもピカピカのマンションは、金と手間をかけて磨かれているのが見てとれる。平凡な学生である有坂にとって場違いな気がしてならなかった。
本条は五階までエレベーターで上がり、玄関の横の黒い画面に手のひらを当てる。静脈のセンサーが一瞬血管の位置を透かして本人だと認証された。次にドアのボタンを押して鍵を開ける。
「ただいま」
本条は部屋の明かりをつけた。
有坂はぐわんと眩暈がした。リビングルームのローテーブルとテレビボードの配置、カーテンやラグの柄まで見覚えがある。そして右手にダイニングキッチン、更に奥にはバスルームと寝室があることが"分かっている"。目眩で酔いそうになり、頭がガンガンする。
すべて、夢で見た通りだ。現実と夢が今まさに混じり合っており、ものの輪郭がぐにゃぐにゃと歪んで床が波立つ。立っているのもやっとである。過呼吸になりそうなのを深呼吸で抑えた。
「おいで。遠慮しないで」
本条の声に我に返った。クリアな視界が戻ってくる。有坂は靴を脱ぎながら、密かに息を整えた。
本条はコンビニの袋をリビングの中心にあるローテーブルの上に置き、部屋の隅にあるケージに近づく。ペットシーツが敷き詰められたケージの中はアンモニアの匂いがツンと鼻を突いたが、ふわふわの真っ白なウサギが木でできた小屋から顔を出すと、有坂はわあ、と顔を綻ばせた。
「かわいい」
ぴすぴすと忙しなく動く鼻先に手を近づけると、本条はその手を掴んだ。
「駄目だよ。エサと間違えて噛まれることがあるんだ」
有坂は本条から触れられ胸が高鳴る。赤面しそうになりすぐ手を引っ込めてしまった。
ウサギの"わたあめ"は、その小さな身体と可愛らしいフォルムから想像もつかないほど強くダン! と後ろ足を踏み鳴らした。有坂は思わず肩をすくめる。
「警戒されてる」
本条は困ったように笑い、今日は見るだけね、と有坂に諭した。
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