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本条は寝室に行き、スーツからTシャツと綿のパンツに着替えてきた。それからペットシーツを取り替える。ケージの天井を外してペレットを乗せた皿を入れると、わたあめはふんふんと鼻を鳴らして顔を突っ込んだ。猛烈な勢いで口を動かしてボリボリとペレットを噛み砕く。
「意外とパワフルですね、ウサギって」
「そう、結構気性が荒いんだよ。慣れるとかわいいけどね」
そこで、有坂はハッとした。夢の中に、ウサギは出てこなかったのである。なぜ今になって気づいたのか。浮かれすぎて馬鹿になっていた自分を悔いた。もしかすると、本条は夢に出てきた相手ではないかもしれない。有坂の顔から血の気が引く。勘違いであったのなら、ここからどうしていいかわからない。
飲もっか、と本条は立ち上がる。手を洗い、アルコールジェルをつけてからローテーブルの座椅子に腰掛けた。無言で酎ハイのプルトップに手をかけ、顔を見合わせて乾杯する。有坂はすでに胃がキリキリと痛んだ。
スナック菓子の袋を開け、酎ハイを口に含んだ時だった。
「ねえ、この前の話もっと聞きたいんだけど。ダメかな」
ぎゅう、と胃が絞られるように痛んだ。ストレスをかけられる内臓が悲鳴をあげる。
「あの……それ、勘違い……かもしれなくて」
本条は訝しげに眉根を寄せる。ぴりっと緊張が走り有坂は泣きそうになった。
「す、すみません。いなかったんです、ウサギ」
「どういうこと?」
「で、出てこなかったんです。一度も。夢の中にウサギは、出てこなかったんです」
「夢の中って?」
酔いが回ったと言い訳するにはまだ早すぎた。有坂は羞恥と混乱でしどろもどろになりながら、夢の中に本条が出てきたこと、本条とデートを重ねたこと、その夢は事故にあってから見るようになったこと、本条の家も夢の中で見たが、ウサギはいなくてケージすらなかったことを伝えた。
本条は呆然と有坂を眺めている。やはり信じてもらえないだろう、信じてもらえたとしても、本条が男とデートしていたと聞きどう思ったのか。有坂は怖くて聞けなかった。
「やっぱり、君だったのか……」
本条の声が掠れて震えた。
「僕のことを……覚えていてくれたのか」
テノールの声と大きな目が涙に濡れた。突然涙を流して嗚咽を漏らす本条に、有坂は戸惑いを隠せない。
蹲り肩を震わせる本条の横でおろおろと目線と手が彷徨う。やがて本条は鼻を啜りながら起き上がる。
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