ヤギたちのナリワイ

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 悪いオオカミを退治し、わたしは生き延びた。殺さないと自分が死んでしまうから殺したのだ。あの母ヤギと同じように、やるべきことをやったのだ。でもこれからわたしはどうすればいいのか。日辻のもとでシゴトをしようと思っていたのにその彼女を殺してしまった。  血のついた手をパーカーのポケットに入れ、30万円を握りしめる。それと同時に日辻の身体から電子音が聞こえてきた。見ると緑色のエプロンのポケットから光がもれている。そのポケットに手を入れるとスマホがあり、画面には《メリー》と表示されていた。 「はい、【フラワーショップやぎ】です」とわたしは着信に応答する。  少し間があって、「おまえ、メイコじゃないな」としゃがれた老婆のような声が流れてくる。メリーはわずらわしそうに咳払いをしてから「喉の調子が悪いんだ」と言ったので、コロナに感染しているという日辻の仲間なのかもしれないとわたしは推測した。 「彼女はわたしが退治しました。わたしの家を襲ってきたので」  わたしがそう言うと、メリーは「そうか」とより低い声を出した。 「悪いオオカミは殺されて当然。いい気味だ」  わたしは言った。「その通り」とメリーはしゃがれた声で同意した。 「じゃあわたしの新しい仲間はおまえという認識でいいの?」 「はい、よろしくお願いします」 「ふーん、まあ仲間なんてだれでもいい」  メリーはすぐに死体の処理方法と次のシゴトに関する説明をはじめた。わたしはその説明を、血を流して倒れている日辻茗子を見下ろしながら聞いた。 電話を切ったあと、わたしは日辻の身体から緑色のエプロンをはぎとって着用した。わたしが刺したのは背中だったので幸いエプロンはやぶれておらず、胸元に日辻の口から吐き出された血液が少し付着しているだけだった。勝手口から出たわたしは裸足だったので、ついでに黄緑色のハイカットスニーカーも拝借した。  わたしは自宅前の道の真ん中に立ち、自分の胸を見下ろして【フラワーショップやぎ】という白いロゴがそこに書かれているのを確認した。少し先に日辻の軽トラックが停めてあるのが見える。落書きだらけの自宅を一度だけ振り返り、すぐにそのトラックに向かって歩き出した。  こうしてわたしはこの先を、オオカミ退治をナリワイとするヤギとして生きていくことになったのだ。                                                             (了)
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