今が尊いのだから

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さて、父の告知から1週間で実家に戻った時点に話は戻ります。 実家に戻った次の日は、告知後初めての父の診察日でした。 治療をどうするのかを決断する日。 診察室に入るまでおかあちゃんは、父の決断を聞く事は出来ませんでした。 もし私が思う今後と父の望む今後が違った時に、何も言わず受け入れる自信がなかったから。 多少の緊張感の中、父に続いて診察室に入る。おかあちゃんよりも若い担当医M先生の顔が見える。 告知の時より僅かだが柔和な印象を受けた。 『どうですか、お変わりありませんか?』 少し突慳貪な感じの声。 『変わりないです。先生、抗がん剤お願いしたいと思います』 単刀直入な父に思わず苦笑いする。そして、やっぱり父だと思った。 父が何もせずに受け入れるとは思えなかった。 それに短ければ半年と言う時間しかない。 例え治療しても2年、3年はないと言われていても、人生の後始末をせずに逝くような(ヒト)ではない。 時間稼ぎだとしても戦うことを選択してくれた事が、家族にとっても希望になる。 『ではいつから始めますか? 前回話した通り、最初の投薬は入院になります』 『1番早いので』 明日からでも入院すると言う父を、せめて準備に2日欲しいと抑えた。 何も入院用具を揃える為だけではない。母に話して聞かせる時間が必要だった。 入院期間は2週間。その間、おかあちゃんがずっと実家に居られれば良いが、そうもいかない予定があった。 その間、母をどうするのかを決めなくてはならなかった。 母はSに任せて留守番させて病院に来ていた。下手に診察室に入れようものなら、先生の話が理解できずそのストレスで怒り出すからだ。 家に戻る前に妹Nに連絡をとる。これまた面倒な話だが、認知症患者は自分自身が関係ない所で家族が連絡を取り合う事を嫌う。 それは母も同じである。 『お父さん、治療受けるって。それで○日から3日間だけ実家に戻れない? どうしてもその3日間だけは空けられないの』 Nは東京で働いている。 『3日目は何とかなるけど、2日目までは撮影入ってて無理だわ』 『わかった。3日目はお願いね。後 はショートステイに行くように話してみるよ。ケアマネージャーさんには私から電話するから』
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