シトリー

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シトリー

 二0xx年。  前年暮れの解散総選挙において圧倒的過半数の議席を獲得した与党は、野党や市民団体の執拗な反対を押し切り、一つの法案を可決した。  国民総MI法。  マイクロチップ・インプラントーーつまり、マイナンバーや各種証明書、保険証、金融決済サービス等の機能を全て網羅したICチップを、国民一人一人に埋め込もうというのだ。  それまでは倫理的・道徳的観点から二の足を踏んでいたものの、ついに国家的事業として解禁しようというのである。  専門家や学者が検証するまでもなく、本法案の成立は間違いなく国民生活に大きな変革をもたらすものだった。老舗エレクトロニクスメーカー、ITベンダー等がそれぞれに通信キャリアとタッグを組み、さらには製薬会社や自動車メーカーといった全くの異業種からも参入の声が上がるなど、主導権を巡る攻防戦は激化し、一気に群雄割拠の様相を呈した。  法案成立後、一夜にして各省庁トップクラスの予算を握る事となった渦中のデジタル庁には、日夜ひっきりなしに面会者が訪れるようになった。いずれも政府役人とのパイプを繋ぎ、イチナノメートルでも他社に先んじようと企む事業者ばかりだった。  道路向かいに立つホテルニューオータニのロビーは謁見を待つ関係者で埋め尽くされ、自慢の日本庭園も不釣り合いなスーツ姿がひしめき合うようになった。デジタル庁と議員宿舎との往来があまりにも増加したため、青山通り平河町交差点には信号無視や無理な横断を見張る警察官が配備される程だった。
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