桜の花が散ったあと

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 素顔の先生の目は眼鏡を外すと少し大きくなる。目尻がやや上がり気味のくっきりとした二重瞼で、睫毛も長く、中々の美男子、いや、美中年だ。  睫毛の長い目に見つめられ、そわそわする。 「その時は伊達メガネだったから」 「え、先生、伊達メガネだったの?」 「教師になったばかりで先生らしく見えるように眼鏡をかけてたんだ。それがバレて伊達巻きって呼んだ子がいてね。まあ、今は本当に眼鏡が必要になったけどね」  先生は眼鏡をかけた。 「栗原さんに言われるまで忘れてたなー。栗原さんを教えていた時は教師になって一年目だったんだ。だから栗原さんの事はよく覚えてる」 「私、覚えられる程、問題児でした?」 「授業中よく寝てた。一番前の席で堂々と」  見られてたなんて知らなかった。恥ずかしさでいっぱいになる。 「あの、先生の声が川のせせらぎみたいで心地良かったんです。だからよく眠れたというか。授業がつまんなかった訳じゃないんです。本当にすみません」  先生があははと可笑しそうに笑った。 「そんなに申し訳なさそうにしないでいいから。もう時効だよ」 「今思うと大変失礼だったと思いまして」 「気遣いのある言葉だね。大人になったね」  先生と目が合う。先生の穏やかな瞳に、じんわり胸が温かくなる。
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