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それは、ただの気まぐれだった。
人の声――子供の小さな悲鳴が聞こえて、呪妃はそちらに視線を向けた。
前方にある門の片隅に、三人の男に囲まれた子供がいる。粗末な白い麻の着物に身を包み、両手に枷を付けられ、身体中に小さな傷があり着物が血で汚れていた。
身体を丸めてうずくまる子供の細い肩や背中を、大の男が二人がかりで蹴りつけている。傍らで眺めているのは、赤い官服を着た中年の小太りの高官だ。おおかた、奴隷の子供が何か粗相をして痛めつけられているのだろう。
よくあることだと、いつもなら無視する光景であった。
だから、それはとても珍しい、気まぐれに過ぎなかった。
自分の進む先にいて邪魔だったから。
小太りの高官のにやけ顔と中途半端な髭が気に食わなかったから。
いつもなら後宮にある自分の宮を訪れる王が今日に限って呼びつけてきて、わざわざ王宮までやってきたのに大した用ではなかったから――。
それらが入り混じった理由で、呪妃は彼らに声を掛けていた。
「――何をしている」
「っ! こ、これは、呪妃様……!」
高官がはっと顔色を変える。子供を蹴りつけていた男達も慌てて姿勢を正して頭を下げた。
普段、人前に姿を現さない彼女が『呪妃』と知られているのは、身に付けているもののせいだ。
細い身体を包む深紅色の襦裙は、高官が纏う鮮やかな朱色の物とは違い、まるで血で染め上げたような黒みがかった暗い色をしている。黒一色の絹糸で施された刺繍は繊細ながらも毒々しさを感じさせる複雑な紋様を浮き立たせていた。鈍い光沢のある重たげな生地は、動く度に血だまりが光を反射する様に似ている。
王の妃の一人でありながら身を飾り立てる装飾品は少なく、高く結い上げた黒髪は髷の形に結わずそのまま背中に垂らされ、銀色の簡素な冠と簪だけを付けている。腕に付けられた幾つもの細い銀の腕輪と赤翡翠の腕輪もさほど目立たない。
何しろ、一番目立つのは顔の上半分を覆う銀色の仮面だからだ。古代の神獣を模した文様が彫り込まれた仮面は彼女の白い顔を鼻まで隠して、赤い紅を刷いた唇を目立たせてていた。
衣は呪詛に使う動物の血がついても目立たないようにするためだとか、仮面は呪妃の顔を見ただけで呪われてしまうからだとか、様々な噂が吹聴されていた。衣の件は当たっているが、仮面についてはまったくの出鱈目である。
呪妃が銀色の面の下から見やれば、彼らは恐れているのか目を合わさないように目線を下げた。小太りの高官が両手を前に出して丁寧に礼をした後、畏まって答える。
「お見苦しい所をお見せして申し訳ございません。これは凌宇殿下への献上品でして……。逃げようとしたため、罰を与えていた次第です」
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