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そっくりでも、彼は小華ではない。別人だ。
そもそも、千年以上経った現代に彼がいるはずがないのに――。
自分は何を焦っていたのだろう。内心で胸を撫で下ろす晩霞の前で、青年が白いビニール袋の中を見やる。薄紙に包まれたケバブサンドは落ちた衝撃で崩れて具が飛び出し、ビニール袋の中に散らばっていた。
青年は整えられた凛々しい眉を、申し訳なさ気に下げる。
「新しいものを買ってきます」
「え……い、いいえ!」
青年の言葉に、晩霞は慌てて首を横に振った。
「大丈夫です。直接床に落ちたわけではないし、そもそも落としたのは私で……」
目の前の若い青年は、四海奇貨館のオーナーに違いない。
新人の晩霞にとって上司の上司であり、しかも四海グループを治める一族の一員。雲の上の存在である彼に、晩霞が落としてしまった昼食のお使いをさせるわけにはいかない。
晩霞はビニール袋を急いで取り戻そうとするものの、なぜか青年は返してくれない。それどころか、晩霞の手が届かぬように高く持ち上げてしまう。
なぜ意地の悪いことをするのか。
晩霞は戸惑い青年を見上げるが、青年もまた不思議そうに、まるで珍しいものを見たような表情を浮かべていた。
……自分から意地悪しておいて、何だその顔は。
焦りと苛立ちを募らせながらも、晩霞は取り戻そうと手を伸ばす。
「ちょっと、あのっ……」
「オーナー、朱さんが困っていますよ」
苦笑交じりの声を掛けたのは周館長だ。青年はようやくビニール袋を下ろしたが、己の胸に抱え込んでしまった。
「すみません。同年代の人と働くことができるのが嬉しくて、少し浮かれてしまいました」
「まあ、オーナー。悪かったですね、みんな年寄ばかりで」
すかさず、陶が大げさに口を尖らせて言う。
周館長や林主任、事務の陶は青年よりも一回り以上は年上だ。年少ながら彼らの上司である青年にとって、晩霞は初めてできた年下の部下になるのだろう。
「そんな、陶さん。恥ずかしながら、いつも僕は皆さんを頼りにしてばかりなので……やっと先輩になれたような気分なんです」
陶の皮肉にやんわりと返して、青年は晩霞を見やる。後輩ができたことがそんなに嬉しいのか、青年は整った顔に笑みを滲ませる。
「申し遅れました。僕は楚天華といいます。この四海奇貨館の管理を一任されています」
「初めまして。私は朱……」
「晩霞、ですね。入社時に提出していただいた書類を拝見しました。あなたにお会いできるのを楽しみにしていたんです」
「は、あ、はい……ええと、恐縮です」
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