第二話 邂逅

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 晩霞はそう返すことしかできない。  楚天華のような美貌の青年に名前で呼ばれ、「会えるのを楽しみにしていた」なんて言われれば、普通の女性なら赤面悶絶ものだっただろう。  だが、晩霞――もとい呪妃にとっては見慣れた風貌なので、むず痒いというか居心地が悪いというか、どうにも収まりが悪い感じがした。  反応の乏しい晩霞をよそに、陶は「あらあら」とにやついた口元に手を当てるし、周館長は「おやおや」と若者を微笑ましく見やる。  二人の視線を受け、晩霞はますます肩身が狭くなる心地になりながら、楚天華が抱えるビニール袋を指さした。 「あの……楚オーナー、そちらを返していただいてよろしいですか?」  でなければ晩霞の昼食が無くなる。  だいたい、今こうしている間も貴重な昼休みがどんどん削られていっているのだ。ご飯の後で、スマホで電子コミックを読んだり、好きなアパレルブランドのショッピングサイトをぶらついて新作を探したりするのが楽しいのに。  晩霞の催促に、しかし彼は「とんでもない」と首を横に振った。 「さきほども言いましたが、新しいものを買ってきます」  楚天華の再度の提案に晩霞は頬を引き攣らせるも、曖昧な微笑みに変えて、やんわりと断りの言葉を口にする。 「いや、本当に大丈夫ですので……」 「遠慮なさらずに。僕も昼食がまだなので、そのついでです。陶さん、こちらの品物のお店はどちらに?」 「広場にあるキッチンカーの……ああ、そうだ、晩霞ちゃん。オーナーと一緒に行って来てくれるかしら」 「えっ」  思わぬ提案に晩霞は思わず声をあげたが、陶は気づいていないのか言葉を続ける。 「ほら、注文する時も種類がいっぱいあって難しいじゃない。それに、オーナー一人に行かせるのも悪いわ」 「だったら私が……」  いっそ自分一人で行こうと考えるが、そこでまた楚天華が口を挟む。 「広場の屋台、前から行ってみたいと思っていたんです。案内してもらえると助かります」 「オーナーもこう言われていることだし。頼むわ、晩霞ちゃん」 「陶さんもよろしければ一緒に……ああ、でもお時間を取らせてしまいますね」 「あはは、あたしはいいですよぉ。林主任にお使いの分を渡さなくちゃいけませんしね。せっかくだから若者同士で行ってきて下さいよ」  口を挟む暇もなく、示し合わせているかのように二人は話を進めてしまう。  陶は身体の陰でぐっと親指を立ててみせるが、そういう気遣いは本当にいらない。晩霞は助けを求めるように周館長を見たが――。 「そうですね。朱さんはオーナーと初めて会ったことですし、親交を深めるいい機会です」  昼休憩は長めにとっていいので――。  周館長にまで言われてしまえば、逃げ道は無い。小華そっくりの青年が嬉しそうに微笑むのを横目で見ながら、晩霞は溜息を押し殺した。
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