第二話 邂逅

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 ケバブサンドのキッチンカーの前には、長い行列ができていた。  晩霞達と同じように、新しく出店したのを狙ってきたのだろう。先ほどは早い時間であったから待ち時間が少なくてよかったが、今はちょうど昼の混む時間帯だ。他のキッチンカーにも、大なり小なりの人だかりができている。  四海奇貨館から広場まで引き返してきた晩霞は、目の前の光景と、隣でニコニコワクワクと辺りを見回す御曹司の様子にげんなりした。  四海グループの御曹司様をあの行列に並ばせるわけにもいかない。時間が掛かりそうなのでケバブは早々に諦めることにして、お気に入りの、できるだけ行列が少ない屋台を目の端でピックアップしながら、楚天華に尋ねる。 「オーナー、何か食べたいものはありますか? ほら、あそこのキッチンカーの葱油餅(ツォンヨウピン)包子(パオズ)は美味しいですよ。その隣の餡餅(シェンピン)の店も、種類がたくさんあって、野菜と春雨入りとか、肉汁たっぷりでスパイスの効いた牛肉とか、ボリュームもあって……」 「……」  ところが、天華は微妙な表情を浮かべてこちらを見つめ返しただけだ。  キッチンカーが物珍しくて決められないのだろうか。あるいは、見るからにジャンキーで安いものを食べたくないのか。上流階級の彼がキッチンカーを利用するはずもない。物珍しさで来てはみたものの食べられるものがない、ということかもしれない。 「あー……他のお店を探しましょうか? イタリアン、フレンチ……オーナーは何がお好きですか?」  公園の近くで、できるだけ高級そうな……いや、同伴するかも知れないから自分が支払える範囲の店でないといけない。  さすがに最初から奢ってくださいは無しだよね、と晩霞はスマホで周辺の情報を見る。  だが―― 「そうではありません」  スマホをいじる晩霞の手に、大きな手が重なった。天華の固い指先が、検索していた晩霞の親指をそっと押さえている。  気づけば、すぐ目の前に天華がいた。咄嗟に振り払うこともできない。キッチンカーから漂ってくる香ばしい油やスパイスの匂い、バターや砂糖の甘い匂いよりも強く、彼の香りがした。  いきなりの接触に晩霞の頭の中が一瞬真っ白になる中、天華がおずおずと言ってくる。 「できれば『オーナー』ではなく、名前で呼んでいただきたいのですが……」 「へ? ……え?」  瞬きして見上げると、天華はひどく真剣な顔で晩霞を見つめていた。
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