第二話 邂逅

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 ***  仕事を終えて帰宅した晩霞は、窮屈なパンプスを脱ぎ散らかし、麻のジャケットを床に放り出し、ソファに己の身体を投げ出した。  兄達が奮発してプレゼントしてくれた大きい二人掛けのソファは、ほどよい弾力で晩霞をしっかりと受け止めてくれる。ごろりと仰向けになり、ソファに合わせて買ったクッションにもたれかかった。  クッションカバーに入れてある香り袋から漂うのは、ラベンダーをベースにした落ち着くフレグランスだ。深く息を吸い込んで、吐き出して、まとめていた髪を手で雑に梳いてから、ようやく人心地つく。 「あー……疲れたー……」  体力を使う仕事は無かったし、定時には上がることもできたのだが、今日は今までで一番気疲れした日であった。  ――結局、昼食は天華と共に公園の東屋で食べることになった。  意外にも、天華はキッチンカーの手ごろな餡餅(中華風おやき)や蛋餅(タンピン)(中華風クレープ)を美味しそうに食べていたものだ。案外、庶民派なのか。あるいは馬鹿舌なのかもしれない。  その後、四海奇貨館に戻ってからも天華と行動をすることになった。  楚天華が四海奇貨館を訪れたのは、次の企画展の打ち合わせのためであった。  四海グループが収集している文物で、今まで常設展や企画展でも出していなかった秘蔵の物をテーマに合わせて展示するそうだ。  そのテーマは偶然にも、晩霞が大学で研究していたテーマと重なっていた。唐代から宋代への変遷期、五代十国時代の各王朝や国の芸術、文化に焦点を当て、王朝の変遷や地方政権の十国の特色などに沿って展示する、というものらしい。  四海奇貨館では久しぶりの大きな企画だそうで、周館長も林主任も大いに盛り上がっていた。晩霞にとっては初めての企画展だ。  ちなみに、現在展示されているのは『宋代の五大名窯』の陶磁器である。  『雨過天青(雨上がりのしっとりと水けを含んだ空の色)』と称される汝窯や、白磁の名窯として知られる定窯など、芸術的で個性的な陶磁器が生み出された時代の陶磁器は、これまた保存状態が素晴らしかった。おまけのコーナーでは、曜変天目茶碗などで知られる建窯の物も展示されていた。  ああいう、見た目ですぐに美しさがわかる展示の方が賓客相手には受けが良さそうなのにな、と晩霞は頭の片隅で思ったものだ。  五代十国時代は、この悠久の歴史を持つ国においては、五十余年ほどの短い時代である。その前後の唐や宋は三百年続き、芸術や文化が発達、繁栄した時代で、文物は豊富にある。あるいは、文化芸術が成熟した清代の文物の方が一般受けしそうだが……と不思議に思いながらも、やはり興味はあった。
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