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「――いっ!?」
思いきり振った手は、鎖に拒まれることなくベッド横の壁を打った。指の関節をしたたかに打った痛みで、朱晩霞は跳ね起きる。
痛みで涙が出たせいか、ぼやける視界に映る室内は若草色のカーテンから透けた陽光で柔らかく照らされている。
クリーム色の天井には、おしゃれなシャンデリア風のLEDシーリングライト。壁際には昨日組み立てた白い本棚があり、学生時代から愛用している歴史書や博物誌が並んでいる。
中央には、引っ越し祝いに兄達が買ってくれた木製のローテーブルと革張りのソファ。部屋の隅には、まだ開封されていない段ボールが積まれている。
ここは三日前に引っ越してきたばかりの、自分の部屋だ。
暗くかび臭く、不潔で冷たい地下牢ではない。今が夢でもなく現実なのは、じんじんと響く痛みで分かる。
そう、これが現実。
そして、あれは夢。
晩霞は溜息を吐き、赤くなった指を擦る。
「……あーもう、最悪だ」
まったく、何て嫌な夢だろう。
今さら、あんな夢……前世の記憶を見るなんて。
――朱晩霞には、前世の記憶がある。
そんなことを人に言えば、笑われるか、病院に連れて行かれるかなので、誰にも言っていない。
だが、決して冗談でも病気でもない。
晩霞ははるか昔、『呪妃』と呼ばれていた。
自分で言うのもなんだが、それはそれは冷酷非道で最低最悪の悪女であった。
その悪行三昧のせいで反乱を起こされて、無残な死を遂げたものだ。まあ、それは仕方ない。自業自得だ。
だが、ここからが酷かった。
晩霞は呪妃の記憶を持ったまま、幾度も生まれ変わって死んだ。転生が二百回を超えたあたりから、数えるのを止めた。
何しろ、生まれ変わるのは人間以外の生き物。
しかも、虫や小動物といった、食物連鎖ピラミッドの下層に位置する物ばかりだった。
魚の卵の中の無力な命として、生まれる前に別の魚にあっさりぱっくり食われた。
卵から生まれたと思ったら、自分より早く生まれていた兄弟である蜘蛛にばりばりむしゃむしゃと食われた。
何とか成長して茎の上を這っていた芋虫の時には、飛んできた鳥に咥えられ、巣の中で雛に奪い合われて食われた。
蜂になった時は、巣を守るために犠牲となって、大型の肉食蜂に食べられた。
蜈蚣になって人間のいる場所に出てしまった時、鍬で身体を真っ二つにされ、蟻に運ばれて食べられた。
鼠に生まれた時は、やっと虫以外に転生できたと喜んだのもつかの間、ねずみ捕りに引っかかって呆気なく死んだ。
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