第二話 邂逅

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「そういえば、今回はオーナーも展示を担当するんですね」  お茶を飲み終えた林主任が、天華にそう尋ねた。 「はい。周館長に頼んで、展示スペースを用意してもらいました。ちょうどこの時代に興味があったので、僕も皆さんと一緒に参加したかったんです」  天華は基本的に皆の補佐をすることになっていたはずだが、どうやら晩霞と同じように担当する所があるらしい。そういえば、仮作成された展示会場のレイアウトの図面の一角に、空白の個所があったのを思い出す。わりと広いスペースだったので気になっていたのだ。 「どのような展示を? 十国には入っていませんが、契丹(きったん)もこの時代を語るのには欠かせませんよね」  落ち着いているように見えて、眼鏡の奥の目を好奇心でわくわくと輝かせる林主任の問いに、天華は悪戯っぽく微笑む。 「実は、別邸に所蔵している物の中に、秘蔵品があるんです。その展示をしたいと考えています」 「秘蔵品ですか! オーナーが持ってこられる文物は、毎回驚きの品があるから楽しみです」 「ふふ、きっと今回も驚いてもらえると思いますよ。内容については、今は内緒にしていてもいいですか? 周館長には軽く確認してもらったのですが、まだシナリオが固まっていないので」  天華と林主任が楽しそうに話すのを、晩霞は四杯目の茶を飲みながら眺める。  秘蔵品とは何だろう。  天華の含みのある言い方が気になったが、自分もシナリオを作らなければと切り替えた。  ちょうど茶を飲み終えた晩霞は、休憩が終わりそうなのを見計らい、盆を片付けようと手を伸ばす。片付けくらいは新人の自分がしようと思ったのだが、晩霞の手に大きな手が重なった。  天華の手だ。 「僕がします。あなたにこんなことをさせるわけには参りません」 「え……」 「性分なんです」  にこりと笑って、晩霞の手を盆から離させる天華の仕草は、まるで壊れやすい玉の彫り物を扱うように丁寧だった。軽く触れられているだけなのに、神経が多い指先は、勝手に彼の熱や手の固さを感じ取ってしまう。  ――元々、晩霞は人と触れ合うことが得意ではない。  手を繋いだり、肩を組んだり、抱き締め合ったりといった、人の体温を感じる触れ合いにぞわっと鳥肌が立ち、嫌悪感を覚えてしまう。家族や同性の友達とでも、それは慣れなかった。  男性はなおさらで、高校生の時に告白してきた男子と付き合ったことがあったが、下校中にいきなり手を繋がれて思わず振り払ってしまい、その日のうちに別れることになった。  大学時代は合コンに出たり、サークルで合宿したりと、慣れるためにいろいろしてはみたものの、結局恋愛や男女関係に至ることは無かった。おかげで今も改善せずにいる。  これは前世でも同じであった。人に触れられることを呪妃は極端に嫌っていた。王と床を共にすることも無く、誰かと心を通わせて恋仲になることも無く、黒天宮でひっそりと孤独に生きていたのだ。  傍らにいて触れることを許したのは、ただ一人。  ――小華だけだ。  その小華に似ているせいか、天華に触れられても鳥肌は立たない。そう言えば、以前触れられた時も驚きはしたが嫌悪感は無かった。それでいて、壊れ物を扱うような彼の手つきに、何だか猛烈に恥ずかしさを覚えた。  固まる晩霞をよそに、天華は片手で手際よく茶器を片付けた。最後にゆっくりと、晩霞の手を離す。 「……それでは、僕は一階に戻ります。小朱、林主任、二人とも、あまり根を詰め過ぎないようにして下さいね」  盆を持って天華が去った後、あまりプライベートに触れてこない林主任もさすがに晩霞の方を窺うように見てくる。 「あー……朱さん、大丈夫?」 「……」 「オーナーは、その、優しい人で……うん、気を遣ってくれたんだよ」 「…………はい」  フォローする林主任の顔をまともに見ることもできず、晩霞は頭を抱えて突っ伏した。不覚にも熱くなった頬と耳の熱を冷ますため、今こそ白茶が欲しいと思った。
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