第二話 邂逅

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   いつものように言ってくる彼に、晩霞はふと尋ねてみる。 「……楚先輩は、どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」  晩霞の問いかけに、天華が振り返る。ちょうど外灯の下で、きょとんと目を丸くする彼の顔がよく見えた。 「どうして……とは?」  不思議そうに首を傾げる彼に、晩霞は言葉を探しながら続ける。 「あのですね、こんな風に優しく、親切にされ続けていると、勘違いする人も出てくるかもしれないというか……」 「勘違い?」 「あー……例えばですよ。その、優しくされ続けると、その相手が自分のことを好きなんじゃないかって、そう、勘違いしまうんです。ほら、友達とか恋人とかに、優しくするでしょう? 相手に好意を持っていて、そういう存在になりたいから、優しくするんじゃないかって……」  こんな細かいことまで言わせるなと思いつつ、晩霞は何とか言いきった。  そう。  これが、晩霞の中でもやもやとしていたことだ。  晩霞は、天華に親切にされる理由が思い当たらなかった。ただただ優しく、甲斐甲斐しくされるのは、どうにも落ち着かなかった。  それが彼の好意であるとするなら断ればいいだけだし(多少気まずくはなるが)、それ以外の理由でもいい。ふわふわと曖昧な今の状況は不安を駆られてしまう。何かしらの決着をつけたいと思ったのだ。  だが―― 「……いいえ。そんなこと、少しも考えたことはありません」  戸惑いながらも答える天華の声は、いつもよりもどこか強い口調だった。  そんなこと、と繰り返す彼の頬は少し強張っている。  しごく真剣で、嘘をついている様子は無い。むしろ、なぜそんなことを晩霞が聞いてくるのかという、訝しげな表情をしていた。  今までにない天華の態度に、晩霞は居た堪れなくなる。  だったら紛らわしいことをするなと思う反面、不思議と納得もしていた。  天華には下心というか、恋心のようなものがまったく見えなかったからだ。何というか、晩霞に尽くすのが彼にとって『当たり前』という自然な態度で、それは友人とも恋人とも違う距離感に思えた。  そう、まるで――呪妃に仕えていた、小華のように思えていたのだ。  晩霞は気付けば、再び口を開いていた。 「じゃあ、どうして楚先輩は私に親切にするんですか」  最初と同じ問いを、別の意味で問いかける。  何が目的なのだ、と。  鞄を持つ手に力が籠り、天華を見上げる目はどうしてもきつくなった。 「……」  しばらく無言で見つめ合う。天華は何か言いたげに口を開きかけては閉じ、やがてぽつりと零した。 「……僕が親切にするのは、小朱、あなたにとって迷惑でしたか」  蜜色の目が揺らぐ。小さな子供が親に叱られるのを恐れるように、晩霞の表情を伺っている。 「あなたが不快に思うのなら、今後は控えます。ですが、僕はあなたを……」  天華の言葉が途切れる。薄暗い道の向こうから複数の足音が聞こえ、晩霞達の横を学生らしきランナーの集団が、軽快な足取りで通り過ぎて行った。  思わず彼らに目をやっていた晩霞が視線を戻した時、そこにはいつも通り、柔い微笑みを浮かべる天華がいた。 「……暗くなってしまいます。今日はもう帰りましょう」  そう言って、彼は歩き出す。  問いに答えを返してもらっていない。だが、晩霞もまた、それ以上問い詰める気にはなれなかった。  生まれた疑問と不安を、はっきりと形にすることが怖かった。
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