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「オーナー、今日は見えられなかったわねぇ」
終業時刻が近づいた頃、陶が残念そうに言った。
企画展の準備で、この一か月、楚天華は四海奇貨館に毎日のように顔を出していた。今までは週に一度あるかないかの頻度だったらしい。毎日見ても飽きない花の顔、スター俳優並みの美貌を眺めることを、陶は楽しみにしていたそうだ。
四海グループの一員である彼には、四海奇貨館以外の仕事もある。むしろ、毎日姿を見せていたことの方が珍しいのだ。陶の嘆きに周館長も林主任も苦笑するが、晩霞は一人落ち着かなかった。
頭の中で、昨日のことが思い出される。
『私が親切にするのは、小朱、あなたにとって迷惑でしたか』
『あなたが不快に思うのなら、今後は控えます』
まさかその言葉通りに、晩霞の機嫌を損ねないように距離を置いたのだろうか。
自意識過剰かもしれないが、昨日の天華の表情を思い出してしまい、妙な罪悪感が沸いてしまった。
顔を合わせるのは気まずいと思っていたが、いなければいないで不安になる。
展示用パネルにのせる説明文の校正を進めながらも、晩霞は一日そわそわとしていた。
何とか校正を終わらせて、林主任と周館長に確認をしてもらっていた時だ。
そういえば、と周館長がパンフレットを出した。
「午後に届いたんだよ。一応皆に確認をと思って……」
上品な光沢のあるそれは仮作成の物で、あとは最終チェックを入れるだけだ。もう一度、自分の担当箇所のチェックをと手渡される。
晩霞がさっそく十国時代のページを開こうとした時だ。
目に飛び込んできた文字に、思わず息を呑んだ。
「これは……」
晩霞が開いたページに、周館長が「ああ」と微笑む。
「オーナーが担当したところだね。驚いたよ、あの時代に、そんな国があったなんてね」
「ああ、幻の王朝ですね。まさか当時の遺物が四海グループに保管されていたなんて……」
林主任も加わって、周館長と話し出す。白熱する二人の話は、晩霞の耳には届いていない。
晩霞はふらりと部屋の外へ足を向けていた。「どうしたの?」と、帰り支度をする陶の声に返事をすることもできなかった。
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