第二話 邂逅

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 廊下を進み、エレベーターの扉が開く時間さえも惜しくて階段を上がる。向かった先は、企画展室だった。  深紅のビロードが張られた扉には、『関係者以外立入り禁止』の札が下がっていた。以前展示されていた陶磁器は先週撤収して、保管室や常設展示室に戻してある。今は次の展示のための設営の準備をしているところだ。  扉の鍵は掛かっていなかった。晩霞は逸る気持ちで押し開けて中に入る。  壁のスイッチを押せば、薄暗い照明がつく。照度の調整をするのももどかしく、薄暗い中を進んだ。  まだ準備中であるため、運ばれたガラスケースの中が空洞だったり、作りかけの展示パネルが壁に立てかけられている。白いパーテーションで展示区画が仕切られて、それぞれの柱に『五代王朝の興亡』『南唐文化』といったタイトルが掲げられていた。  それには一瞥もくれずに、パーテーションで作られた順路を進んでいくと、やがて目的の柱が見える。 「……」  足を止めた晩霞の目に、再度、あの文字が現れた。  ――幻の国 『(かい)』   それは、晩霞の前世――呪妃が存在した国の名前だった。  ***  晩霞が去った後、陶は首を傾げながらも帰宅の旨を館長達に告げて、玄関に向かう。 「お疲れさまでしたー」  いつも通り入口の詰め所にいる警備員に声を掛けるも、珍しく誰もいないようだ。トイレかしら、と考えながら玄関を出る。  日が落ちれば、林の中にある四海奇貨館の周辺はあっという間に暗くなる。外灯はあるものの、それはぽつんとそびえ立つ館を少しだけ不気味に見せてしまう。周りを覆う高い鉄柵が、さらに雰囲気を掻き立てる。  四海グループの宝物を守るはずの館が、まるで何かを閉じ込めるためのように見えるのは気のせいだろうか。  冷たい風が吹いてきて、陶は小さく身を竦める。早く帰ろうと門へ進む陶の目に、近づいてくる車のヘッドライトが見えた。
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