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「……貴女の顔を忘れぬよう、たくさん描きました」
背後から伸びた手が、ガラスケースに触れた。
「貴女がいた証を残すため、大切に保管していました」
大きな右手と左手が、ゆっくりと晩霞の顔の両横に置かれた。それは紛れもなく、晩霞を捕らえる檻だった。
「本当なら、もう少し経ってから貴女をここに連れてくる予定でした。僕が案内したかったのですが……残念だ」
晩霞の頭のすぐ後ろで漏らされた嘆息が、耳の裏を柔らかく撫でていく。
振り向くどころか、瞬きをすることも忘れて、晩霞は目の前のガラスを見つめた。
薄暗い中、ガラスに反射して映るのは、晩霞の背後に立つ男の姿だ。
類稀な美貌に、蜜色の瞳。スーツを身に付けた彼は、しかしガラスの中では美しい青い外衣を纏っている。それは、彼の雪のような白い肌によく似合っていた。
ガラスに映った彼の顔は、晩霞が知るものよりも少し若い。いや、こちらの顔の方がよく知っていた。緩やかな癖を持つ長い髪が、彼が少し首を傾けたことでさらりと肩から流れ落ちた。
「……小華……」
晩霞が呆然と呟けば、彼は目を瞠った後、破顔した。
「はい、我が君」
ガラスの中で子供のように純粋な笑みを見せて、小華は――天華は答える。
「この千年、貴女に再び会えることを、ずっと願っておりました。……やっと、やっと見つけましたよ、我が君」
かすかに震える声の後、天華が晩霞の頸にそっと手を当てる。ちくりと小さな痛みが走って、晩霞はようやく我に返った。
天華の手を振り払い、彼の腕の檻から逃れようと身体を捻るも、足が縺れた。急に力の入らなくなった膝が崩れて、床に倒れそうになる。
そんな晩霞の背を、慌てることなく天華が支えた。
「いきなり動くと危ないですよ」
「なに、を……」
舌が痺れたように動かず、拙い声が出た。片腕で晩霞を抱きかかえた天華は、もう片方の手で優しく頬を撫でてくる。
「大丈夫です、どうか怖がらないで。私は貴女を……」
天華の声が遠くに聞こえる。
水中に沈められたかのように、聴覚も視覚も鈍っていた。麻酔か何かをかけられたのだろう。あの首筋の痛みがそうだったのか。身体中の力が抜けて、頭の芯がぼうっとする。
だが、晩霞の耳には天華の声が最後まで届いていた。
『私は、貴女を傷付けることは絶対にしません』
……そうだ。
あの時も、彼はそう言っていた。
そう、言っていたのに。
「……うそつき」
裏切ったくせに。
呪妃を、裏切ったくせに!
叫び出したくなる激情も、麻酔の効果で意識ごと薄れてしまう。
抗えない眠りに閉じる晩霞の瞼に、そっと指が触れる。その指が眦を伝う涙を拭ったことを知らぬまま、晩霞は意識を失った。
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