第一話 呪妃転生

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 晩霞は光沢のある白いブラウスに汚れが無いか確認し、黒のスリムパンツについていた埃をささっと払う。セミロングの黒髪は後ろで一つにまとめ、駅のトイレでメイクが派手過ぎないのも確認してきた。  よし、と一人頷いた後、インターホンを押す。 「おはようございます。朱晩霞です。本日から貴所に配属に……」  言いかけたところでロックの解除の音が聞こえ、中から老年の男性が出てきた。胸元に下がったスタッフカードには『四海奇貨館 館長 周徳(しゅう とく)』と書いてある。  白髪交じりの灰色の髪に、眼鏡を掛けた優しげな雰囲気はどこか懐かしく、晩霞のいた研究室の先生とよく似ていた。 「お久しぶりですね、朱晩霞さん」 「周さん、ご無沙汰しております」  周さんこと、周徳とは以前会ったことがある。なぜなら彼こそ面接官で、わざわざ大学まで来て晩霞の面接をしてくれた人だったのだ。  穏やかな笑顔で手招かれて、中に入る。 「王教授はお元気ですか?」 「はい、先日、研究室に挨拶に行きました。手土産の月餅を五個も食べていました」 「あはは、相変わらず甘党だ。先輩らしいですね」  周は朗らかに笑う。彼と、晩霞のいた研究室の教授である王思文(おう しぶん)は、中学時代からの先輩後輩の間柄だそうだ。 「いやあ、あなたが来てくれて助かりました。急に一人辞めることになってしまって……募集を掛ける前に王先輩に話してよかった」  いや、むしろ助かったのは晩霞の方だ。  周が王教授に相談し、王教授が「そういえば」と晩霞を紹介してくれたおかげで就職が決まったようなものだ。 「私の方こそ、採用して頂いてありがとうございます」 「いえいえ。ちゃんと学芸員の資格も持っていますし、先輩からは真面目で優秀な子だと聞いていますよ。あなたの書いた論文も読ませてもらいました。唐が凋落(ちょうらく)し、幾つもの王朝と地方政権が乱立したあの時代を、特に地方政権に焦点を当てて綺麗にまとめられていましたね。素晴らしかった」 「ありがとうございます、恐縮です」  自分の前世を調べた延長で論文を仕上げたものだが、どうやらそれが功を奏したようである。  ほっと胸を撫で下ろす晩霞を、周はロビーへ案内する。  美しい大理石が敷かれた広いロビーには、ガラスケースの台が置かれていた。中に収められているのは玉の彫り物だ。
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