刷り込みなり

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美奈里(みなり)、とにかく一週間でいいから、男の人を好きにならないように」  親友の玲美(れみ)に言われた美奈里は、「えーっ」と困惑した。大学の日本近現代文学のゼミの後、美奈里達三年生五人は、いつものようにファミレスで食事をしている。 「今回のバイトの店長だってね、よくある話よ。既婚者なんでしょ。若いバイトの子にちょっと優しくして、ちょろちょろっと遊ぶだけなのよ。面倒はごめんで、奥さんや子どもとも別れるつもりはさらさらない」 「でも、あんなに優しかったのに、どうして急に仕事以外では会えないって」  玲美は「はぁっ」とため息をつく。「だから言ってるじゃない。遊ばれてただけなのよ」 「ごめん、俺、ドリンクバーちょっと取ってくる」  一人スマホを見ていた奥の席の悠人(ゆうと)が言うと、 美奈里と智久が立ち上がり、悠人をボックス席の外に出す。 「でも、店長は、私がお客さんのスカートにカフェラテこぼしちゃった時も、すぐにお客さんに謝ってくれて、私には『大丈夫だから』って、一言も怒らないで、店長が全部お客さんに対応してくれた。後で私が泣きながら店長に謝りに行った時も、『気にしなくていいから、こういう時のための店長だから』って、にっこり笑ってくれて」  玲美の隣でチョコレートケーキを美味しそうに食べていた萌香が、にっこりと美奈里の方を見る。 「その時美奈里ちゃん、ちょうど失恋直後だったのよね」 「うん。それでバイトであんなミスやらかしちゃって」 「それで、バイトが終わってから」 「うん、店長が、気分転換も必要だって」  玲美がまた「はぁっ」とため息をつく。「いつもの刷り込みよ。生まれた直後のヒナ鳥が最初に見た相手を親だと思って後を追い続けるって、あれと同じ。あんたは失恋すると、次に優しくしてくれた男性を自動的に好きになる。年齢も属性も見てくれも全く関係ない。だから長続きしないのよ」  美奈里は左隣に座っている智久を見る。玲美と智久は、大学一年の頃から付き合っている。一緒に同じゼミにまで入って、このまま大学を出たら結婚するのだろうと、美奈里をはじめ周りの誰もが思っている。 毎回三月と持たない美奈里には、羨ましい限りである。だがこのカップル、人前でイチャつくことが全くない。手を繋ぐこともない。智久は無口で、玲美が何か言うことにうんうんと頷いているだけである。美奈里には信じられない。人を好きになったら、いつでもどこでも、その人が大好き。気持ちなんて抑えられない。玲美達みたいな方が、恋愛って長続きするのかな。美奈里はそんなことを思っている。 「悪い悪い」と悠人がドリンクバーから戻ってくる。美奈里と智久が席を立って、悠人を奥に入れた。 「とにかく、騙されたと思って、一週間だけ辛抱してみなさい。わかった?」 「うーん」 「そうだよ、お前そこそこ可愛いんだからさ」  今し方取ってきたアイスコーヒーを飲みながら、悠人は適当に話を合わせると、すぐにスマホに目を落とした。
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