キャンピングカー

1/1
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ

キャンピングカー

親父が言った。 「お母さんが亡くなる前、退職したらキャンピングカーを買って一緒に旅をしようって考えてた」 と。 2013年4月。 親父が定年退職の前日。 母ちゃんが倒れたんだけど、親父にとってはそんなことは1ミリすら思ってなかったらしい。 ただ、結果的にそのまま元気になることなく母ちゃんは亡くなった。 それから9年経った今年の1月まで親父と話すことがあっても、気持ちや想いを聞いたことがない。 それを聞いたのはつい最近だった。 実は、少しずつ親父の老化は進んでいる。 わけのわからないことを言ったり、同じこと繰り返したりと。 多分、実家の福岡を離れて岩手に来た時、大きなショックがあるから一気にボケてきたんだと思う。 だからこそ、今まではなさなかったことも正直に言葉に出すようになった。 「俺はね、退職する時借金返してもお金残るって思ってたから。そのお金でキャンピングカー買って浩子と旅行しようと思っとったったいね。ほら、浩子は旅に出るの好きやったろうが?俺は何もできんかったけん、お前らのこと忘れて二人で楽しくね。一緒にいてあげれんかったけん、借金が終わったら浩子とゆっくりね」 そんなことを時々言葉が詰まりながらでも話す。 母ちゃんのことを名前で呼ぶし、そもそも僕は旅が好きだったとか知らない。 多分、親父しか知らないことなんだろう。 そんなに子どもの頃から旅行とか行った記憶ないから。 もう1つ、こんなことがあった。 これはまだ親父が来て数か月の頭がはっきりしていた時。 僕「親父はもう福岡戻らんでいいの?」 親父「俺はもう吉井は捨てた。絶対に戻らんって決めたけん」 僕「俺は親父の意思を尊重するから自分の好きにしていいと思う。ただおばあちゃんはどうする?」 僕は、親父はてっきりおばあちゃんのことが大好きなんだと思っていた。 ただ、口にしたのはこうだ。 親父「おばあちゃんのことは、俺は今まで責任を果たしてきたと思う。やけん、もう後はゆみこ(親父の妹)に任せる」 正直かなり驚いたのを今でも覚えている。 ただ、僕はそれ以上追及していない。 だって、人それぞれ親に対する想いとか感情は違うから。 親父がそう考えるなら仕方がない。 僕はもちろんおばあちゃんのこと好きだけど。 ただ僕の力ではどうすることもできないから。 ……と諦めていたけど、最近になって言い始めるようになった。 親父「俺はおばあちゃんのことを捨てきらん。でも考えれば考えるほど苦しくなるとたい。やけん、もう考えんようにしとる」 その言葉を聞いて、確かに思う。 親父はおばあちゃんとか福岡のことを話す時、決まって「俺は全部捨てた」しか言わない。 本音で言えば帰りたいんだろう。 おばあちゃんと一緒に暮らしたいんだろう。 心配でたまらないんだろう。 一生懸命におばあちゃんのご飯作って、僕たち家族のために借金返して、全部終わった後に母ちゃんとの生活を楽しみにしていた。 だからこそ、考えないようにしている今、親父の老化が進んでいるのかもしれない。 だけど、僕にはどうすればいいのか分からない。 ただそれでも、親父は少しずつ未来が見え始めた。 だからこそ、今は待つしかない。 本当はもっと最善の道があるかもしれないけど、僕は何もできないし無力だ。 話を聞いてあげること。 笑って楽しくご飯を食べてお酒を飲むこと。 できるのはそのくらい。 だけど、絶対に親父は幸せにしたい。 もう一回、福岡でおばあちゃんと一緒に暮らしてほしい。 自分の無力さが歯がゆいけど、絶対前を向く。 過去は変えられない。 だけど、未来はいくらでも作っていける。 くよくよしたって仕方がないんだ。 親父、待っとけよ。 絶対に何とかするから。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!