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キャンピングカー
親父が言った。
「お母さんが亡くなる前、退職したらキャンピングカーを買って一緒に旅をしようって考えてた」
と。
2013年4月。
親父が定年退職の前日。
母ちゃんが倒れたんだけど、親父にとってはそんなことは1ミリすら思ってなかったらしい。
ただ、結果的にそのまま元気になることなく母ちゃんは亡くなった。
それから9年経った今年の1月まで親父と話すことがあっても、気持ちや想いを聞いたことがない。
それを聞いたのはつい最近だった。
実は、少しずつ親父の老化は進んでいる。
わけのわからないことを言ったり、同じこと繰り返したりと。
多分、実家の福岡を離れて岩手に来た時、大きなショックがあるから一気にボケてきたんだと思う。
だからこそ、今まではなさなかったことも正直に言葉に出すようになった。
「俺はね、退職する時借金返してもお金残るって思ってたから。そのお金でキャンピングカー買って浩子と旅行しようと思っとったったいね。ほら、浩子は旅に出るの好きやったろうが?俺は何もできんかったけん、お前らのこと忘れて二人で楽しくね。一緒にいてあげれんかったけん、借金が終わったら浩子とゆっくりね」
そんなことを時々言葉が詰まりながらでも話す。
母ちゃんのことを名前で呼ぶし、そもそも僕は旅が好きだったとか知らない。
多分、親父しか知らないことなんだろう。
そんなに子どもの頃から旅行とか行った記憶ないから。
もう1つ、こんなことがあった。
これはまだ親父が来て数か月の頭がはっきりしていた時。
僕「親父はもう福岡戻らんでいいの?」
親父「俺はもう吉井は捨てた。絶対に戻らんって決めたけん」
僕「俺は親父の意思を尊重するから自分の好きにしていいと思う。ただおばあちゃんはどうする?」
僕は、親父はてっきりおばあちゃんのことが大好きなんだと思っていた。
ただ、口にしたのはこうだ。
親父「おばあちゃんのことは、俺は今まで責任を果たしてきたと思う。やけん、もう後はゆみこ(親父の妹)に任せる」
正直かなり驚いたのを今でも覚えている。
ただ、僕はそれ以上追及していない。
だって、人それぞれ親に対する想いとか感情は違うから。
親父がそう考えるなら仕方がない。
僕はもちろんおばあちゃんのこと好きだけど。
ただ僕の力ではどうすることもできないから。
……と諦めていたけど、最近になって言い始めるようになった。
親父「俺はおばあちゃんのことを捨てきらん。でも考えれば考えるほど苦しくなるとたい。やけん、もう考えんようにしとる」
その言葉を聞いて、確かに思う。
親父はおばあちゃんとか福岡のことを話す時、決まって「俺は全部捨てた」しか言わない。
本音で言えば帰りたいんだろう。
おばあちゃんと一緒に暮らしたいんだろう。
心配でたまらないんだろう。
一生懸命におばあちゃんのご飯作って、僕たち家族のために借金返して、全部終わった後に母ちゃんとの生活を楽しみにしていた。
だからこそ、考えないようにしている今、親父の老化が進んでいるのかもしれない。
だけど、僕にはどうすればいいのか分からない。
ただそれでも、親父は少しずつ未来が見え始めた。
だからこそ、今は待つしかない。
本当はもっと最善の道があるかもしれないけど、僕は何もできないし無力だ。
話を聞いてあげること。
笑って楽しくご飯を食べてお酒を飲むこと。
できるのはそのくらい。
だけど、絶対に親父は幸せにしたい。
もう一回、福岡でおばあちゃんと一緒に暮らしてほしい。
自分の無力さが歯がゆいけど、絶対前を向く。
過去は変えられない。
だけど、未来はいくらでも作っていける。
くよくよしたって仕方がないんだ。
親父、待っとけよ。
絶対に何とかするから。
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