待つ

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♪Happy Christmas, I wrapped it up and sent it. With a note saying, “I love you”, I meant it. Now I know what a f---♪ え? 目の前で赤いかたまりが飛び跳ねていた。慌ててイヤフォンを外すと、 「瀬名さん?やっぱり瀬名さん?」 変わりない笑顔が顔中に広がっていた。 「うん。山口さん、お久しぶりです」 やっぱり、と言って両手で頬を押えている。その小さな手は今日は緑色の手袋に包まれている。そういえば襟元も緑色のマフラーだ。 「ほんとにご無沙汰してしまって。あ、でもそれが当然か」 あははと笑っている。いや、でも当然でもないですよ。俺はあなたのメアドをまだ持っているし、聖トマスにもよく会議で行くので何度か小児病棟を覗こうかと思いました。そんなことを浮かべた笑顔の下で思った。 「元気でしたか?」 「はい、とっても。あ、そうだこれ」 ごそごそとそれだけは去年と同じもこもこのバッグを探っている。そのつむじを見つめていると、あ、あった、と嬉しそうな顔をして緑色の紙のリースが差し出された。 「今日病棟で子どもたちと作ったんです。もし良かったら」 差し出されたそれはしっかりとした緑色の画用紙に金紙のリボンがつけてあって、赤のペンで思い思いのオーナメントが飾られていた。 「ちょっとツリーみたいになっちゃったんですけど。子どもたちの自由に任せてたら。あの、もしご迷惑でなかったら、なんですけど」 「いや喜んで頂きますよ。でもさっきの彼、高崎さんですよね?彼にはあげなくて良いんですか?」 覚えて下さってたんですか、さすが瀬名さん、と妙な褒められ方をしている。 「大丈夫です。研吾も一緒に作ったんで。あ、彼、同じ病棟のドクターなんですよ。あの日も緊急で抜けられなくって」 「そうみたいですね」 「え、やだ聞こえてました?もう小児だとお互い声が大きくなっちゃって」 照れ笑いが相変わらず可愛い。 「仲良しですか?」 え?とちょっと驚いたように俺の目を覗きこんでからニッコリと笑った。 「はい、とっても幸せです」 その笑顔はまるで銀座の街全体を覆い尽くすように深く広がった。 「それは何より。お会いで出来て良かったです」 「あ、はい、ほんとに。こんな偶然ってあるんですね」 「……ですね」 「じゃあ私行きますね。研吾が待ってるので」 「はい、行ってらっしゃい」 俺がそう言うと、安心したようにちょっと頭を下げてから、また弾丸のように走って―― 「瀬名さーん、」 振り返った彼女があの時のように、タクシーのクラクションなんてものともしない声音で名を呼んでいた。 片手を耳に当てると、 「Merry Christmas! Happy new year!」 ひときわ大声でひとまとめに飛んで来た。まるで和光のショーウインドウだよ、それじゃ。 「Same to you!」 叫び返すと、ちょっと驚いたような顔をしてから山口さんは大きく手を振った。小さな身体で精一杯手を振るその姿は赤いメトロノームのようだった。 手を振り返してから鳴海通りに足を向けた。携帯を取り出して写真をスクロールする。笑っている彼女と自分をちょっと眺めてから消去した。最後に残っていたメアドも消去した。  「いつまでも笑っていて、山口さん。どうか幸せに」 今日は歩くか。白い息を吐きながら皇居の黒い森に向かって歩みを進める。 このまま何処までも歩いて行けそうだった。 ー終ー
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