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♪But the very next day you gave it away~♪
目を開けると毛玉が飛び跳ねていた。ノイキャンにしていたから全然気が付かなかった。ゆっくりとイヤフォンを外すと、
「あのっ、あのーっ」
結構切羽詰まった声が飛び込んできた。喋る毛玉か。
「あ、はい」
それだけでふうっと安心したような溜息をついて毛玉が落ち着いた。
よく見ると白と赤のニット帽がずり落ちてもはや目出し帽のようになっていて、キャメルのコートの襟に巻かれた真っ赤なマフラーとの間に見える部分はわずかだった。真っ赤な手袋が上がってきてニット帽を直した。赤鼻のトナカイ?それくらい頬も鼻も赤い。この人は一体何でジャンプなんかしていたのだろう。しかも銀座のど真ん中で。
「ええと、あの、」
「はあ」
急にもじもじし始めた。いや、これ俺困るやつじゃ。
「すみませんっ」
「すみません」
ハモった。人待ってるんで、と続けようとした口がひの形で止まってしまった。気まずく閉じると、
「え、何で謝るんですか?」
嫌なところを深追いされる。
「いや、別に」
「……あーっ、いやそういうんじゃ全然」
慌てて赤い手を顔の前で激しく振り始めた。うん、いやもうそれはわかりましたって。
「あ、急に声をかけたからですよね。失礼しました。あの、お願いしたいことがあるんです」
これは、また、別の意味でヤバいんじゃないだろうか。コートのポケットに手を突っ込んでイヤフォンを握る。
「実は、私ちょっと今席を外したくって、」
あ、席とか言っちゃった、変だよね、立ってるのに。一人でツッコんで小さく笑っている。イヤフォンを更に強く握った。
「えーと、あの、何さんでしょうか?」
「は?」
「えっとお名前なんですけど」
「え?」
「はっ、すみません。私ったら急にお名前なんて伺っちゃって。失礼しました。私は山口実咲と申します。あのでもやっぱりおっしゃりたくなければ何さんで」
「ああ、はい。」
ん、わかりました、OKです。小さく頷き(この人は全体も小柄だけど動作もなんだか小さい)、こっちをギュッと見上げた。
「それで私がいない間に、ここに、何さん、」
プッ。自分で言って吹いている。変なの、何さんって。
「失礼しました。ええとその何さ」
「瀬名です。瀬名一馬。」
「瀬名一馬さん?うわあカッコいいお名前ですねえ。名は体を表すって、まさに何さんはそうですね」
「何さんの方が良ければそれで良いですよ」
苦笑すると、あらやだ、私ったら。小さな両手で頬を押えている。
「いえ、せっかくお名前伺ったんですから。その、瀬名さんと同じくらいの背格好の男の人が来たら、」
「男の人?」
「はい。背が高くてひょろっとして、多分ダークめのグレーのコートを着てる、ってああ瀬名さんもそうですね。でも研吾のはもう少し長いかな。」
「研吾」
「あ、はい。その人の名前なんですけど。高崎研吾」
「名は体を、ですか?」
「んー、どうでしょう。研吾って言う割には細いんですよねえ。ちゃんと食べてくれれば良いんだけど」
おっと、うちの母親みたいだわ、これじゃ。また一人ツッコみだ。
「それで、その人が来るんですね?」
何だか永久に話しが終わらない気がしてきた。
「うーん、どうかな。もうダメかも。あ、でもこっちもいい加減ダメだ。すみません、瀬名さん、ともかく、ともかく研吾が来たら実咲はすぐ戻ってくるから待っててって言ってくれますか?すみません、もう限界なんで行ってきますっ」
そう言うなり毛玉はものすごい弾丸になって地下鉄に入る階段を駆け下りていった。
何となくおかしくなって口元を緩めながらその姿を見送った。緩めた途端に頬が突っ張るのを感じて、やはり相当の時間待っていたことに気付く。途中から時計を見るのを止めていたけれど、恥ずかしいほどまんまの曲を選ぶなんて、思ったより弱ってるのかもな。白い溜息が漏れた。見上げるとイルミネーションを反射しているような赤みがかった紺色の空が見えた。
gave you my heart.
呟くとそれが事実だったような気になってくる。そうなんだろうか。俺はひなに――
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