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 それから二週間後。 「おはよう、無性愛者」   ——現れた。セクシュアリティ警察たち。いったいどうして彼らに、他人の性的指向を取り締まることができるというのか。直はうんざりしていた。相手にする気も湧かない。ただ無視して、通り過ぎようとした。 「おまえ、無性愛者の彼氏いるんだって?」   迂闊にも、直は反射的に足が止まった。 「じつは、女だったりして」 「おい、同性愛者だってやるだろ」 「じゃぁ、無性愛者って男でも女でもどっちでもないってこと?」  それを聞いた直は、ふっと鼻で笑った。直のリアクションに、男子たちは黙り込む。 「こいつまじでやばい」  とある男子がささやいて導火線に火がついた。せせら笑いがスパークする。彼らは、おかしくてたまらない、という様子でにやけていた。    この世には、男か女のどっちかしかいないと思ってるのね。  そういってやりたかったが、あげあしを取られるのが明白なのでやめておいた。直は、彼らになにもいわず去った。   階段をのぼり教室へむかいながら、以前丸汐から聞いた話を思い出す。教授はこういっていた。——『ジェンダーは、そのひとの持つ生殖器、染色体、出生児の性別、容姿、性格などで二元的には定義しえないのです。それらの組み合わせは二元ではなく、無限で多様なのです』  早く夏休みになってほしい。いや、いっそ卒業式当日にワープしたい。そして、真のいる大学へ進学して丸汐の研究室で学びを()いたい。そう思えたのは、つい先日までのこと。  直はあの日以来、真に合わせる顔がない。彼のいる研究室を訪問できることが心の支えとなって、この胸苦しい学校生活を乗りきってこれた。せめて丸汐だけにでも会いにいこうか。だがもし、真に出会ったら、そのときどうすればいいのか……。  直は、手のひらに乗せた知恵の輪を見つめた。紫色のリボンを結んだ環状を青空にかざす。親指と人差し指でつまんだリングの窓から、梅雨明けの蒼穹をのぞき込む。  真のキーホルダーから知恵の輪をはずした瞬間を今でも鮮明に覚えている。原理はわからなかったが、二輪をなめらかにスライドさせただけだった。真が『いくらやってもとれない』と、てこずっていたのが不思議なほどあっけなく。   直は、自分が真の知恵の輪をといたことに運命を感じていた。その上、彼のほうから『もっておけ』と、くれたのでなおさら舞い上がった。それから彼に対する感情は抑えきれなくなった。直はこの輪をもっていると真を近くに感じるのだった。 「もうかたほうは、どうなったんだろう?」   知恵の輪を取ってから、真のリュックのキーホルダーはなくなった。その後、彼がどうしたのかわからない。思いを焦がすほど、鬱積がつのり、胸の中のよどみが増した。胸が張り裂けそうになって、のどになにかがつっかかったようにズキンと痛む。  「嫌われちゃった」  ——『恋人がいた』真の声が頭にひびく。彼は、その人とキスやらなんやら……したのだろうか……。なんて考えてしまう自分はサイテーだ。と、直は自己嫌悪にとらわれた。 「助けて。涙。とまれ、とまれぇ、とまれ……」    この世にたったひとり。置いてきぼりになった心地だった。恋しさと喪失感と。ふたつの感情が渦巻いてメビウスの輪から彼女はぬけだせない。
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