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高校生の頃。
俺は、恋をしていた。
彼のことが好きで、好きで、頭の中が彼で埋め尽くされて、どうにもならなくなるくらいに。
今、思い返せばあれは、一方的な、自己満足の恋だったのかもしれないーーー
×××××
「あ、どうも、校長代理の林です」
「初瀬拓海です。しばらくの間、お世話になります」
俺はグラウンドから響き渡る生徒たちの声を耳で楽しみながら、職員室の入り口で挨拶した。
ここはかつて、俺が通った私立の高校校舎。
約4年前…つい最近のことなのに、高校生たちの眩しさが伝わってくる。
「…山谷校長は?お休みですか?」
「あ、そうなんですよ、ちょっと家の都合でね。その間、私が代理を勤めています」
「そうですか、よろしくお願いします」
「ええ、ええ。頑張ってくださいね。えっと…あ、梨田先生!」
校長代理は、職員室内をぐるっと見渡して、一番後ろのデスクにいた梨田を呼んだ。
梨田と呼ばれた女教師が、俺の方へやってくる。
「はーい」
「梨田先生、こちら教育実習生の初瀬拓海さん。色々と教えてあげてくれるかな」
「あ~はいはい、初瀬くんね。私、梨田友華。担当はあなたと同じ数学よ、よろしくね」
「よろしくお願いします」
梨田友華。見た目小柄で若そうだけど…、俺の知らない先生だった。梨田はそんな俺の表情を察したのか、ふふっと笑って言った。
「私、今年2年目なの。だから、初瀬くんがここの生徒だった頃にはまだいなかったわね」
「あ…すみません、俺、なんか」
「あ~いいの、いいの。私、童顔だし、全然教師に見られない…っていうか、そもそも大人に見られない?こともあるくらいだから」
ケラケラ笑いながら、梨田は明るく話す。
そんな俺たちが話してた横を、女子2人組の生徒が通りがかり、「あっ、ともちゃーん」と言った。……ともちゃん?
「わ~どうした?部活は?」
「今日、戸田先生いないから、自由参加~」
「あっ、そうなんだ。気をつけて帰ってねー!」
「はーい、さようなら」
また明日~と言いながら、梨田は生徒たちに手をふった。
ーーーなるほど。
見た目が幼くても、生徒たちには随分好かれていそうな先生だ。
「あっ…え?初瀬くん?!」
「ーーあ」
今度は廊下から、聞き覚えのある声がした。
俺が声の方へ振り向くと、日本史担当の川原が駆け足で寄ってきた。
「お久しぶりです、川原先生」
「えーちょっとなにー?なんでいるの?」
「教育実習ですよ、数学の。ね?」
梨田がそう言い、川原は、あ~!と納得した。
川原先生は、俺が2年のときの担任だった。
「そっか、初瀬くん、数学好きだったもんね」
「まあ…」
「数学の教育実習生ってあんまり来ないのに、今年はレアかも~!」
「そうなんですよね、しかも今年は2人もですよ」
ーーーえ?
梨田と川原の会話を聞き、俺は一瞬疑問が浮かぶ。
2人?俺以外にも、数学担当の実習生がくるのか。
「あれ?でも、2人とも梨田先生がみるの?」
「いや、私が初瀬くんで、もう1人は三島先生です。…でも」
「あ、あ~三島先生かぁ…あの人、実習生とかまで手が回りそうにないよねぇ」
「……そうなんですよね、だからたぶん、2人ともなんやかや私がみると思います」
ーーー三島先生、俺も1年のとき数学を担当してもらったが、正直教え方もいまいちで、授業よりもひとりで他の問題集を解いていた記憶がある。
俺がそんなことを思い出しながら無言でいると、梨田ははっとしたように俺をみた。
「あっ、ごめんね。初瀬くんたちが迷惑って言ってるんじゃないよ!むしろ、私、楽しみにしてたから!なにかあったらすぐ言ってね」
「あ、全然。三島先生の性格は、俺も受けもってもらったことあるので、知ってますし」
「え、あっ、そうなの?そっかぁ~。良かっ…いや、別に良くないね。えっとーだから、今の数学担当は、私と三島先生と山家先生と、あと今年は臨時で2人入ってもらってるの。よろしくね」
梨田は明るい笑顔でそう言って、頭を下げたので、俺もつられてお辞儀をする。
すると、隣にいた川原が「あっ」と声を出した。
「ちょっと、来たんじゃない?もう1人の実習生」
「あ…ほんとだ、書類の写真と一緒だね」
「おーい、波川くん!」
ーーーえ?
川原が名前を呼んだ先に、俺はゆっくりと視線を向ける。
下駄箱を上がって、スーツ姿で、ひとりの男性がこちらに歩いてくるのが見えた。
梨田と川原は、それが誰であるのかもうわかっていて、こっちこっち、と手招きしている。
俺はーーー
「やだー、ちょっと波川くん。めっちゃ大人になったねー」
「えーそんな違うんですか?高校生の頃とは」
「なんかもっと、ヤンチャ感あったよね?昔。…あ、そうだ、初瀬くんならわかるんじゃない?」
川原の言葉で、その場の視線が俺に集まる。
俺は、
彼の姿に、
頭の中が真っ白になっていく。
「初瀬くん、波川くんと同じクラスだったよね」
「え………」
えー!そうだったの?と梨田が驚いたように俺をみる。
そして、波川と呼ばれたその男は、俺たちの前に立って、軽く一礼した。
「波川空都です。…2週間、よろしくお願いします」
俺は、こいつの存在に、息が止まりそうになったーーー。
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