0人が本棚に入れています
本棚に追加
日曜日の午後。
外出先で用事を済ませた僕は、帰宅する為に、近所にある竹やぶの横を通り過ぎようとしていた。
すると、その竹やぶの中から、ある音色が聞こえてきた。
何の音だろう ?
そう思いながら竹やぶの中を覗き込むと、そこには、尺八を吹く幼馴染みの井原の姿があった。
この竹やぶは井原の家の持ち物で、居る事自体に問題はないんだけど・・・
「おい ! 井原 ! 何やってんだよ ?」
僕が声を掛けると、遠目からでも、明らかに井原が動揺しているのが見て取れる。
井原は、仕方なさそうに近寄って来た。
「何で、こんな所で尺八吹いてたんだよ ?」
僕は、改めて質問した。
「うーん・・・」
井原は、しばらく迷った末に話し出した。
「まあ、幼馴染みのお前だから、いいか・・・」
「・・・」
「いつまでも秘密にしておくのも心苦しいしな・・・」
「秘密 ?」
「誰かに話したい気持ちもあったしな・・・」
「何だよ、おい」
「誰にも言うなよ・・・お前だけに話すんだからな」
「何、言い出すんだよ」
「実はな・・・」
「・・・ああ」
「俺、尺八を吹いてた訳じゃなくて、竹を愛撫してたんだよ」
「竹を愛撫 !?」
僕には、井原が何を言ってるのか、さっぱり分からなかった。
「お前、竹の子が、どうやって生えるか知ってるか ?」
「どうやってって・・・ほっときゃ、自然に生えてくるだろ」
「生える訳ないだろ、自然になんて」
「じゃあ、どうやって生えてくるんだよ」
「動物は、交尾する事で子供ができて、植物は、受粉する事で実がなるだろ」
「ああ」
「じゃあ、竹の子は ?」
「・・・えっ ? ・・・ひょっとして・・・」
「そう・・・ここの竹で作った尺八を愛撫する事で、竹の子が生えてくるんだよ」
「えー !!!? ・・・竹の子って、そういうシステムで生えてくるの ?」
「ああ・・・ちなみに、さっき、お前が聞いてたのは、尺八の音色じゃなくて喘ぎ声だからな」
「喘ぎ声 ?」
「ああ」
「めっちゃ、テクニシャンじゃん !」
「まあな・・・」
「えっ、という事は、この竹やぶで取れた竹の子は、お前の子供っていう事 ?」
「うーん・・・まあ・・・そう言えなくもないな」
「めっちゃ子だくさんじゃん ! この少子化の時代に」
「まあな・・・でも、認知してる訳じゃないしな」
「ちょっと待てよ・・・お前、よく、ここで採れた竹の子くれるよな」
「ああ」
「あれって、お前の子供食べてるっていう事か !」
「いや、まあ、竹の子は竹の子だからな」
「なんか、複雑だな・・・」
今までに、竹の子を食べていたシーンが頭に浮かんだ。
あれって、幼児虐待になるんだろうか・・・
「実は、他にも秘密にしてる事があるんだよな・・・」
「まだ、あるのかよ」
「聞きたいか ?」
「聞きたい ! 聞きたい !」
「どうしようかな・・・」
「一つ話したんだから、もういいだろ。ついでに話せよ」
「そうだな。ついでに全部話すか」
「おう。話せ ! 話せ !」
「じゃあ、これから、俺ん家に来るか ?」
「行く ! 行く !」
井原と僕は、竹やぶから少し離れた所にある井原の家に辿り着いた。
すると、井原は、僕を残して一人で家に入って行き、しばらくして、革靴を手に戻って来た。
そして、手招きしながら僕を連れて行ったのは、庭にある畑だった。
そこで、井原は、まだ何も植えていない場所に、近くにあったスコップで穴を掘り、その中に手にしていた革靴を入れた。
「何してんだよ ?」
「こうやって、畑に革靴を植えとくと、ロングブーツが生えてくるんだよ」
井原は、革靴に土を被せながら答えた。
「えー !!? ・・・ロングブーツが ?」
「ああ」
「玉ネギみたいだな」
「ああ・・・あとは・・・」
井原は、ポケットから折り畳んだ紙を取り出した。
「何だよ ? それ」
「車の設計図だよ」
「ふーん・・・で、どうするんだ ? それを」
井原は、僕の質問には答えず、さっきと同じように、設計図を畑に埋めた。
「・・・こうやって車の設計図を植えとくと、車が生えてくるんだよ」
「えー !? ・・・車まで ?」
「ああ」
「万能だな、この畑・・・どういうシステムなんだよ」
「さあ・・・詳しい事は分からないんだよな。代々伝わってるやり方だから」
「ふーん・・・で、育てたロングブーツや車は、自分で使うのか ?」
「いいや。出荷するんだよ」
「出荷 ?」
「ああ」
「でも、ロングブーツや車なんて、普通に工場で作ってるだろ・・・何で、わざわざ畑で育てるんだよ ?」
「売れ行きが良いからだよ」
土を綺麗にならし終えた井原が、立ち上がりながら答えた。
「売れ行き ?」
「ああ・・・この畑、無農薬だからな」
「無農薬 ?」
「・・・野菜は、無農薬と無農薬じゃないのとだったら、断然、無農薬の方が売れるだろ」
「そりゃまあ・・・」
「それと一緒だよ」
「どう一緒なんだよ」
「野菜と同じ様に、ロングブーツや車だって、無農薬の方が良いに決まってるだろ」
「何だよ、無農薬のロングブーツや車って」
「お前だって、無農薬のロングブーツや車と無農薬じゃないロングブーツや車があったら、当然、無農薬の方を買うだろ」
「そんな基準で、ロングブーツや車を買った事ねえよ」
「気にしないのか ? 変わってるな、お前・・・でも、世間の人は違うぞ。何といっても、安心感があるからな、無農薬だと」
「何だよ、安心感って。そもそも、ロングブーツや車を作るのに、農薬は使わねえだろ」
次の日から、僕は、ロングブーツと車の成長を確かめる為、通勤経路を変えて、井原の家の前を通るようにした。
すると、一週間後の帰り道。
早速と言っていいのか、やっとと言っていいのか、畑に変化が現れていた。
ロングブーツと車の上の部分が、畑から顔を覗かせている。
本当に生えるんだ・・・
しばらくの間、門から畑を眺めていると、玄関から井原が出てきた。
僕に気付いた井原は、笑顔で近寄って来る。
「本当に生えるんだな !」
僕は、改めて声を掛けた。
「だろ・・・まあ、入れよ」
そう言って、井原は、僕を招き入れ、畑まで先導して行った。
近くで確認してみても、『埋めた』という感じはなく、いかにも『生えてきた』という風に見えた。
「どれ位で完成するんだ ?」
「ロングブーツの方は、一か月もすれば収穫できると思うけど、車は初めてだから、どうなるかな・・・まあ、天候しだいだけどな」
「収穫って言うんだ・・・天候、関係あるのか ?」
「そりゃ、関係あるよ・・・あと、時期によっても、全然違うしな」
「時期 ?」
「ああ・・・これまでは電化製品を主に育ててたんだけど・・・冷蔵庫は冷やす物だからなのかなあ、寒い冬場の方が良く育つし・・・」
「へー」
「洗濯機は水を使う物だからなのか、梅雨の時期に良く育つんだよ」
「ふーん・・・野菜みたいに、季節があるんだな」
「ああ・・・」
そう頷いた後、井原は浮かない表情になった。
「どうしたんだ ?」
「・・・やっぱり、遅いような気がするなあ・・・」
「遅いって、何がだよ」
「車だよ」
「車 ?」
「ああ・・・電化製品と比べて、成長が遅いような気がするんだよな」
「・・・」
「電化製品だと、普通、一週間もすれば、もっと成長してる筈なんだけど・・・」
「普通、電化製品も車も、畑では成長しないけどな」
「やっぱり、車だから、水じゃなくてガソリンやった方がいいのかな・・・どう思う ?」
「知らねえよ ! 畑で車育てた事ないし」
井原の心配をよそに、車は、畑から露出する部分を増やし続け、順調に成長しているように見えた。
そして、一か月後の日曜日。
「今日、ロングブーツと車を収穫するから見に来いよ」
という連絡を受けた僕は、井原の家に向かった。
家に着くと、井原は、既にスコップを手に畑で待ち構えていた。
「本当に完成したな」
僕が声を掛けると、
「ああ・・・車は初めてだったから、ちょっと不安だったけどな」
井原は、嬉しそうに答えた。
畑を見ると、ロングブーツの方は、元々の靴の部分だけが土に埋まっていて、ロングブーツの主要メンバーでメインボーカルを務める長い部分は、全て表面に出ている。
そして、車の方は、車体部分は全て表面に出ていて、タイヤの一部が土に埋まっている状態だった。
「ロングブーツ、収穫してみるか ?」
井原が、僕にスコップを差し出してきた。
「いいのか ?」
「ああ」
「やった !」
僕は、喜んでスコップを受け取った。
僕は、今まで一度も農作業をした事が無い。
そんな僕が、初めて収穫するのが、野菜ではなくロングブーツになるなんて・・・
「傷付けないように、周りから、ちょとずつ掘っていけよ」
「ああ」
僕は、井原から借りた軍手をはめ、ロングブーツの周りを慎重に掘り始めた。
すると、徐々に、ロングブーツの全貌があらわになってくる。
「よし。もう、その辺でいいだろ。引っこ抜いていいぞ」
言われた通り、僕が、ロングブーツの左右の長い部分を一緒に持って引っ張ると・・・
スポン !
大した力を入れるまでもなく、完成形のロングブーツが姿を現した。
「おお ! ・・・」
これが、今まで成長を見守って来たロングブーツか・・・
僕は、ロングブーツに付いた土を払い落として、優しく胸に抱いた。
「どうだ ? 初めての農作業は ?」
「いいもんだな・・・農作業と言っていいのかどうか分からないけど・・・」
「感動しただろ」
「まあな・・・」
「初めて我が子を抱いた時のような気分だろ ?」
「いや、そこまでじゃないけど・・・」
こうして、僕の人生で初めてとなるトリッキーな農作業は終わった。
「次は、車を収穫するんだろ ?」
「ああ」
「念の為に聞くけど・・・車、よそから運んできて埋めた訳じゃないよな ?」
「まだ、疑ってるのか ?」
「いや、疑ってる訳じゃないけど・・・簡単には信じられないような出来事だからな」
「まあ、分かるけど・・・毎日、成長を見守ってくれてたんだろ ?」
「ああ・・・まあ、そうだけど・・・」
「第一、運び込める訳ないだろ・・・俺ん家、塀に囲まれてるんだぞ・・・門だって、狭いから車なんて通らないし・・・」
確かに、井原の家は、360度塀に囲まれている。
とてもじゃないけど、車なんて運び込めないだろう・・・
「あー !!!」
僕達は、ある重大な事に気付いて見つめ合い、二人同時に大声を発していた。
これは、自分の結婚式で行ったケーキ入刀以来の、久し振りの共同作業だった。
「どうやって運び出すんだよ !?」
僕は、気付いた重大な事を口にした。
「・・・」
「運び込めないって事は、運び出せないって事だろ・・・」
「・・・だよな・・・」
「塀を壊すか ?」
「いや、それは、ちょっと・・・」
「じゃあ、いったん車を分解して運び出して、他の場所で組み立て直すか」
「それじゃあ、畑で育てた意味が無いだろ・・・普通に、工場で組み立てたみたいな感じになるし・・・」
「じゃあ、どうするんだよ ?」
「うーん・・・」
井原は、しばらく迷った挙句、
「仕方ないから、自家用車として使うか・・・」
という結論を導き出した。
「自家用は自家用だけど・・・車として一番大事な、走るっていう機能は使えないけど・・・」
「まあ、別荘と捉えられない事も・・・」
「無理があるだろ」
「あー !! ・・・こんな事なら、キャンピングカーにしとけば良かったー・・・」
井原は、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
終
最初のコメントを投稿しよう!