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輪廻Ⅱ『自恣』
「あなた、救急車を呼びましたよ」
「このまま死なせてくれないか?」
「死ねばいいけど死ななければもっと大変よ」
内田富一74歳、買い物から帰宅途中で頭が痛くなった。いつもの頭痛とは明らかに違う。もしかして脳の病かもしれないと不安になった。家に戻りソファーに倒れ込んだ。意識が朦朧とする中で妻の弥生が必死に何かを訴えている。サイレンの音までは覚えているがその後は意識が消えてしまった。隊員がストレッチャーを運んで来た。
「奥さん、健康保険証を出してください」
弥生は物忘れがひどく、それに夫が意識をなくしたことで動揺している。
「後からじゃまずいですか」
「まずいです、ないの?」
「あります、ただどこに置いたか想い出せなくて」
「寒い、救急車で待ってるから早く探して持ってきて」
隊員二人はストレッチャーを移動した。弥生はあたふたとするだけである。心当たりの引き出しやバッグの中、乱暴に中身を出すから足元に散らばって余計混乱してしまう。神棚に手を合わせた。
「神様、夫を助けてください。保険証がないと病院に入れません。お願いです、私の命に代えても構いません、夫を、夫を」
弥生は貧血で倒れてしまった。
「奥さん、ありましたか保険証?奥さん」
隊員が弥生を呼ぶが返事はない。
「夫人は貧血だ。私が介抱するから早く患者を病院に送りなさい。保険証は私が後で届ける。一刻を争う事態に君等は何をのんびりしている。早くしなさい」
「あんたは誰?」
「私?このおばあさんの身内だよ」
金原武は仙人の説明は長くなるから止めた。サイレンが鳴り救急車が動き出した。金原は弥生のおでこに掌を被せた。一瞬稲妻が走り弥生は意識を戻した。
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