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「え、それってどういう」  その瞬間、突然大きな音がして僕の言葉は掻き消された。隣の親子の席からだ。  テーブルからは液体が滴り落ちている。葉原さんの横に座る幼稚園児ほどの男の子が飲み物を倒してしまったらしい。今のは咄嗟にそれを受け止めようとして身体がテーブルにぶつかった音だったようだ。  しかしその衝撃で飲み物と氷は広く散らばり、ポテトは何本も床に飛び散っており、被害はむしろ拡大しているように見えた。 「あ」  自分のジュースを倒してしまった少年は声を出す。  そしてその顔をじわじわと歪ませて、そのまま大声で泣き出してしまった。すいませんすいません、と母親が床に広がるジュースを拭きながら謝る。  僕は「あ、大丈夫です」と足元のポテトを拾う。それもまた「すいません」と謝られた。少年の泣き声が店内に響き渡っている。  よくあることだ。けれど母親からすれば大変なことだろう。  今の僕にできるのは「本当に気にしていないから大丈夫」と伝えることだけ。 「──ほら、こっち見て」    葉原さんの声が聞こえた。それから、ぴたりと少年の叫びが止まる。  少年はその大きな瞳を見開いて彼女の手元を見つめていた。僕もそれを見る。  彼女のしなやかな指先と、そこで踊るように回る僕のシャーペン。   「えー! すっげー!」 「すごいでしょ~」  葉原さんの華麗なペン回しに少年は目を輝かせる。 「ねえねえこれどうなってるの?」 「これはねえ、ここをこうして──」  少年にペンを渡して、葉原さんは回し方を教える。その光景はひどく美しかったが、見惚れている場合じゃない。  今の内に、と僕は床に零れたジュースを拭く。母親も葉原さんの意図を汲み取って素早く手を動かす。「ありがとう」と小さく聞こえた。
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