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「じゃあねししょー!」
「うん、じゃーね」
大きく手を振る少年と「本当にありがとうございました」と小さく頭を下げる母親を僕たちは見送った。少年は笑顔で、母親も微笑んでいる。
「へへ、弟子ができてしまった」
葉原さんは照れくさそうにポテトを口に運んだ。僕もポテトを口に放る。冷めきってしまっていたが、なんだか悪い気はしなかった。
「良い弟子に恵まれたね」
「うむ、彼はまだ若い。これからどんどん大きくなって、いずれ私を追い越していってもらいたいね」
「すっかり師匠だな」
僕がそう言うと、葉原さんはくるくると再び僕のシャーペンを指先で回し始めた。
そして自分の手とペンを見つめて「私」と言う。その頬にとろけるような微笑みを浮かべて。
「私、やっぱりこっち選んで正解だったなあ」
僕は思わずポテトを取り落とした。やわらかに、嬉しそうに笑う彼女から目が離せない。熱い。
この熱の正体を確かめようとしたところで、僕は唐突に気が付いた。
「あ、わかった」
「なにがわかったの?」
「人生の正解ってやつ」
「え、ほんとに」
「たぶん」
僕が頷くと、葉原さんはテーブルから身を乗り出すようにした。
「それ教えてくれる?」
「うん」
人生。
そんなものを語るには僕はまだまだ若すぎるのかもしれない。けれどさっきの彼女の笑顔はとても素敵で、とても羨ましく見えた。
きっと僕が決めなきゃいけないんだ。
何を選ぶか。何を捨てるか。
そして、その選択を正解だったと笑えるようにするのが人生ってやつなんだろう。
「でも今じゃない」
僕は彼女を見つめる。
さっきまで隣に座っていて、今は目の前で笑っていて、明日からまた離れてしまう葉原さん。そんなの嫌だ、と確かに思う。
この気持ちが恋心だろうとお得感だろうと。
これからも僕は、彼女の傍にいたい。
「答えは追試の時間に教えるよ」
僕は彼女の名前を呼ぶ。
これが僕の選択だ。
「──明日、あの教室で待ってる」
彼女の手からペンが落下した。
かたん、と軽い音を立てて、ころころとテーブルの上を僕のペンが転がっていく。僕はその行く末を見守らない。
指先まで固まってしまった彼女は、耳まで真っ赤にして「……はい」と小さな声で返事をした。
(了)
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