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 今思えば初めての会話があれでよかったのかは疑問の残るところだが、それでも葉原さんは回していたペンを止めて嬉しそうに笑った。 「ふふん、毎日の鍛錬の成果だよ」 「毎日やってるのすごいな」 「だってほら数学の授業って毎日あるでしょ?」 「勉強しろ」  僕の常識的な部分がつい強くツッコんでしまった。さっそく嫌われたかもしれない。  おそるおそる葉原さんの表情を窺うと、意外にも彼女はさらに笑みを深めた。 「あはは、一理あるね。でも一理だけ」  葉原さんの細い指先が再びペンを回し始める。ペンはしなるように彼女の指の間を滑らかに移動する。 「ねえ小坂くん、どっちだと思う?」 「ん、なにが?」 「もし私が毎日ちゃんと勉強してたら数学はできるようになっても、たぶんここまでペン回しはうまくなってなかったと思うんだよね」  喋りながらもくるくるとスムーズに回転を続けるペンから目が離せない。耳から葉原さんの声が沁み込むように伝わってくる。 「人生は選択の連続だよ。今日学校に来た人は、学校に来なかった今日を捨ててるの。それは仕方ないことだけど、じゃあどっちが正解なんだろう?」  数学か、ペン回しか。学校に来た今日か、学校に来なかった今日か。  僕の常識的な部分はすぐにそれを答えられた。   「……わからない、な」  僕の常識は、本当に正しいのだろうか。  そんな考えが僕の口を塞ぐ。 「じゃあ、もしわかったら教えて」  彼女は微笑んだ。まるで夜を塗り潰していく朝日のように穏やかで眩しい笑顔。  次の日から葉原さんの席は離れてしまったけれど、僕は彼女を目で追うようになっていた。
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