1. 見たくなかったもの

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1. 見たくなかったもの

 カーテンコールの後、ホールが割れんばかりの歓声とともに幕が閉じる。 「お疲れ様、今日のあんたは最高だった」  舞台袖で、ヒースクリフを演じたオーシャンが、キャサリンを演じた私に右手を差し出す。私は相方のその手を握り返す。 「あなたもね」  クラスの面々が、演劇の大成功のあと、互いに抱き合いながら喜びを分かち合っている。私はそんな感動の儀式は頭に無く、姉の元に今すぐにでも飛んでいきたい気持ちでいた。 『エイヴェリー、どうして主役をやらないの? キャサリンはあなたにピッタリだと思うんだけど。あなたがキャサリンをやったら、あれが私の妹だってクラスのみんなに自慢するのに』  彼女の言葉がなければ、クラスの大半の生徒と違って演劇経験皆無の私は、キャサリン役に立候補などしていなかったに違いない。姉に自慢してもらいたい一心で私は徹夜で大量の台詞を暗記し、『何で彼女が主役なのか』と一部のクラスメイトから聞こえよがしに悪口を言われながら稽古に食らいついたのだ。  舞台袖で、担任の男性教師の賞賛の言葉や大して言葉を交わしたこともないクラスメイトからの賛辞を上の空で聞きながら、今すぐ姉の元に駆けて行きたくて仕方なかった。  喜びに湧き立つクラスメイトの群れをかき分けて、ドレスから着替えもせずに舞台袖から外に出る。姉の姿は、先ほどまで彼女がいた講堂の奥、三年の生徒が座る列の真ん中付近にはない。未だ余韻と熱気に満ちている講堂を出て、噴水広場を突っ切って校舎の中に入る。姉はどこにいるのか。途中、私の芝居を真剣に見つめる彼女の姿が確かにあったはずなのに。  階段を駆け上がる。2階の廊下、パソコンルーム前で立ち止まる。    姉はいた。廊下の一番奥、3年B組の教室の外ーー彼女は同じクラスの女生徒と抱き合い、キスを交わしていた。  嫉妬、憤り、悲しみ、情けなさ、悔しさーーそして虚無感。  そんな諸々の感情が一気に押し寄せて、私はその場に崩れ落ちた。 ーーその時。 「しっかりして」  後ろから私の身体を支える、二本の腕ーー。  
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