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「ごめんね、しばらく身動きがとれなかったからさ」と彼女は言った。 「いいよ、べつに」と僕は返した。 「靴下、大事にしてくれてる?」 「家にあるよ。机の引き出しにしまってる。先月ごろまでは言われた通り、一緒に寝ていたし、鞄にもいれてた」 「変態なんだね」と言いながら彼女は意地悪な笑みを浮かべる。「でも、ありがとう。大切にしてくれて」  本当にずるい子だと思った。こんなにもほっとかされて、ようやく夢から醒めた気持ちでいたのに、またちょっと会っただけでこんなにも愛しい気持ちになる。満理奈の笑顔が可愛らしくて、抱きしめたくてしかたなくなる。彼女とのキスをずっと夢に見ていた。彼女と手をつなぎ、海に行って、同じストローでメロンソーダを飲む日を夢に見ていた。ベッドの上でお互いに裸で天井を眺めながら、明日どこに行くかを話し合う想像をした。やっと吹っ切れたと思ったのに、いまさらになって……。  僕は勇気を出して彼女に告白しようと思った。久しぶりに見た彼女の笑顔が僕にその決意をさせた。  でも、彼女から発された次の言葉で、その覚悟も決意もすべて水の泡になった。 「翼くん」と満理奈はさみしげな表情で口を開いた。「あたしさ、この街からいなくなるんだ」 「引っ越すってこと?」と僕は訊ねた。 「そんなところかな。もう戻ってこない」 「どこに行くの」と僕。 「内緒」と彼女。「少なくともエジプトではないし、サンスーシ宮殿でもない。もっと遠くに」 「キスは?」  なんだか深刻な雰囲気になりそうなのが怖くなり、僕は半分冗談のつもりでそう訊ねた。 「王子はね、結局、ツバメとの約束を一度も守らなかったんだよ。ツバメは何度も仲間たちのもとに向かいたがっていたのに。それにね翼くん。キスをするとツバメは死んでしまう。あたしにはそんな責任負えないな。ま、そのあと王子も死んじゃうんだけど」 「満理奈とキスができるなら死んでもいいよ」と僕は言った。 「駄目だよ、セックスも経験していないのに死んだら」と彼女が言った。やっぱりずるい子だと僕は思った。
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