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 帰ってからの用事なんて特になにもなかった。だから断る理由も特になかった。でも、それにしても、挨拶すらしなくなっていた女の子から突然誘われるなんて絶対におかしい。例の噂のこともあるし、なにか嫌な予感がした。しかし、僕の気持ちはすでに下心という名の悪魔に支配されていた。僕に付き合ってほしいとはどういうことか。わざわざエレベーター前で待ち伏せまでして、なんの用があるというのか。もし満理奈から告白されたら。本当にキスをされたら。はたまた、あんなことやこんなことまで……。  男子校生の妄想力は無限大である。僕は結局、ありとあらゆる妄想に期待を膨らませながら、高鳴る鼓動を抑えつつ、彼女の自宅のチャイムを鳴らした。  玄関から現れた満理奈はとても嬉しそうな表情を浮かべて僕を迎え入れてくれた。まるですぐにでも抱きついてきそうな様子だった。僕は、手を引かれるままに彼女の部屋に通された。その白くて細い手に繋がれていると、心臓がそのうち爆発してしまうのではないかと心配になった。彼女に促されるままベッドの上に腰掛ける。はじめて入った女の子の部屋は甘いシュークリームのような匂いがした。 「童貞の友達いない?」  二人分の麦茶のグラスを床の上に置いたあと、回転椅子の背もたれに肘を置いた彼女はそう訊ねてきた。僕は当然ながら何のことを訊かれているのかすぐには理解ができなかった。 「童貞で困っている友達だよ。捨てられなくて。いるでしょ? 男子校なんだから一人や二人。紹介してほしいんだよね」 「嫌だよ」と僕は答えた。 「なんで?」と彼女は不思議そうに首を傾げた。  突然の話題にまたしても混乱し、今度は少し目眩がした。僕のほうこそ「なんで?」と聞き返したい気分だった。いったい満理奈はどういうつもりなのだろう。童貞かどうかなんて、男にとってはひどく繊細な話だし、それをたいして仲良くもない僕に「紹介して」だなんて。やはり噂は本当なのか? 寝る相手を探しているのか。誰でもいいのか? そんなことって……。そんなふうにして目を白黒とさせていたら、彼女がまたしても口を開いた。
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