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「つれないなあ」 「やめろよ、そういうの。最近の君のこと、知らないけど。満理奈らしくない」 「あ、呼んでくれた。あたしの名前」 「だから!」 「あはは」と笑いながら立ち上がり、ふたたび窓のほうへと歩いていく満理奈。空に広がるオレンジ色はいつの間にかもうだいぶ濃くなってきていて、二羽のカラスが雲を泳いでいた。 「翼くんがあたしのツバメになってくれたら、うれしかったんだけどな」と満理奈が呟いた。 「ツバメ?」と僕は訊ねた。 「ツバメと王子はね、最後にキスをするんだよ」 「なんだよそれ」 「王子の願いを叶えてくれるツバメくん。翼くんならきっとあたしのお願いを聞いてくれると思ったんだ」  満理奈はそう言ってから窓を閉め、ブラインドカーテンをからからと下ろした。 「童貞を紹介したら、どうするの」と僕は興味本位で訊いてみた。 「見た目にもよるかな」と彼女は言った。 「この歳で童貞を捨てられてないやつの見た目なんて、みんなたいしたことないよ」 「翼くんみたいに?」 「僕は違うって」 「うそうそ、冗談だよ」  けらけらと笑いながらふたたび僕に近づいてくる満理奈。あらためて言うまでもないが、やっぱり綺麗だと思った。ついつい、その唇や太ももに視線がいってしまう。 「ねえ。連絡先、交換してよ」とスマホを片手に満理奈が言った。「それでさ、童貞で、見た目もよくて、こいつならあたしに紹介してもいいなってひとが見つかったら、連絡ちょうだい」 「だから嫌だって、ずいぶん勝手じゃないか」 「ふふ、信じているよ。あたしのツバメくん」 「やめろよ、その呼び方」  結局、そのあとしばらくして僕は満理奈の家を後にし、自宅に戻った。かれこれ二時間近くも女性の部屋にいただなんて、よく心臓が破裂しなかったなと、あとになってそう思った。電気もつけないまま、自室のベッドで仰向けに転がる。目をつぶれば、満理奈の顔が浮かんできた。シュークリームのような甘い匂いがすっかり鼻の奥にこびりついてしまったような、そんな気がした。
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