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「ねえ、翼くん」とまた声をかけられたので満理奈のほうを向きなおす。  今度はなにを考えたのか、彼女は横向きに座り直して靴を脱ぎはじめていた。そして左脚のひざをまっすぐに伸ばし、なめらかな手つきでつま先に触れ、紺色の靴下を引っ張りだす。先っぽのあたりで脱ぐのをやめ、だらしなくしだれた靴下を僕に見せびらかす。 「なにしてるんだよ、こんなところで」と僕が慌てて注意すると、彼女は「しーっ」と言いながら人差し指を口に添える仕草をしてみせた。 「童貞を紹介してもらうのは諦めたよ。本当はもっとたくさんのひとの役に立ちたかったんだけど、もうそこまで時間も残されていないしね。その代わり、あたしは翼くんのために尽くすことにするよ」 「なんだよ。尽くすって」 「この靴下をさ。あたしが一日中、左脚に履いていた靴下ね。今晩、これを抱いて寝てよ。そして明日、鞄に入れて学校に行って。それで、その晩また一緒に寝るの。洗濯しちゃ駄目だよ。あたしの匂いが消えちゃうから。たくさん嗅いでいいし、なんなら口にくわえてもいいよ。とにかく大切に扱って。そう、まるで宝物のように」  満理奈はまるでまたたびをくらった猫のように頬を赤らめ、とろけるような表情を浮かべながらそう言った。僕は呆気にとられて、うまく言葉を出せず、ただその表情を見つめていることしかできなかった。 「ねえ、身につけているものをあげるだなんて、まるで本当に幸福な王子みたいじゃない。ほら、剣の柄からルビーを取り出すように、あたしのつま先から靴下を取り出してよ」  声も出せずにいた僕は、だんだん馬鹿にされているような気分になってきて「いい加減にしろよ」と彼女に向かって呟いた。 「約束守ってくれたら、あたしの裸を見せてあげる」 「はあ?」 「翼くん、童貞だろうから」 「だから僕は」 「もちろんキスも」  急に真剣な表情で僕の瞳をのぞき込んでくる満理奈。ぺろっと舌を出したイタズラな表情がひどくいやらしい。そんな彼女の仕草を見ていたら、ふたたび心臓が飛び出してしまいそうになり、僕はまたしても下を向いた。
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