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 県内の名門女子校に、誰とでも寝る女がいるという噂は聞いていた。そして、その子が平野満理奈という名であることも僕はよく知っていた。クラスメイトに写真で顔を見せてもらったから間違いない。まっすぐと伸びた艶やかな黒髪に透明感のある白い素肌、そして宝石のように澄んだ瞳。まぎれもなく、満理奈本人だった。  同じマンションに住んでいて、もともと母親同士の仲がよかった。小学校も違ったので、幼なじみと表現するにはやや大げさな気もするけれど、小さなころはよくお互いの家に集まって、ふたりで遊んだ。小学生になってからはバレンタインデーにチョコレートを貰ったこともあるし、そのお返しをしたこともある。  記憶のなかの彼女は白いワンピースと麦わら帽子がよく似合う、清楚で可憐な少女だった。その印象が強かっただけに、噂を耳にしたときはひどく驚いた。いまとなっては、たまにすれ違っても挨拶すらしないほどに希薄な関係になっていたけれど、なんだか、昔の友人がさらに遠くに行ってしまったようで、すこし寂しい気持ちになった。数年も経てば、人は変わってしまうもの。思い出のなかの彼女は、もういない。小学校時代までの知り合いなんて、おおよそそんなものなのかもしれない。  この物語は、僕がそんな彼女を学校からの帰り道、駅のホームで偶然にも見かけたことからはじまる。腰のあたりまでまっすぐ伸びた黒髪は特徴的で、久しぶりでもすぐに満理奈だとわかった。僕は彼女の背中に追いつかないように、そして気づかれないように、慎重に距離を置いて改札を抜けた。妙な噂のこともあったし、数年間も会話のない知り合いほど気まずい存在はない。それに、何年も男子校生活を過ごしていると、たとえ知り合いだろうと女子との接し方がわからなくなる。緊張して頭の中が新品のスケッチブックみたいに真っ白になってしまうのだ。なるべくであれば、このまま何事もなく家に帰り着きたかった。
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