第1章 僕の好きな人

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昨日まで黒とオレンジだったショッピングモールが赤と緑に変わってる。 あーあ、もうクリスマスか。 クリスマスは嫌いだ。幼少期にトラウマがある。 それに自分の幸福度合いを問われるような気がして鬱陶しい。 恋人はいる? ――いません 友達はいるよね? ――どうかな 家族はいるでしょ ――1人だけね それが僕の現状。 陽気なクリスマスソングで煽られたって気分なんて上がるわけがない。 改札から真っ直ぐ外へ出れば良かった。 なんでモールの方に来ちゃったんだろ。 今日は金曜日だから、彼には会えないのに。 この先のケーキ屋さんに月曜日と水曜日にだけ立つ店員さん。 名前も知らない、僕の好きな人。 一目惚れというか、一耳惚れだった。 店の前を通り過ぎようとした時に聞こえた、いらっしゃいませ。 それは僕ではなく、ショーケースの前に立った客への挨拶だったけれど、そのよく響くのに耳元で囁かれているような柔らかな低音ボイスと、優しさだけでなく頼もしさを感じさせる笑顔に、僕は一瞬で心奪われた。 駅に隣接するショッピングモールにある店なので、それから毎日学校帰りに彼を探したら、会えるのは月曜日と水曜日だとわかった。 会うと言っても、手前にある本屋さんで聞き耳を立てて、声が聞こえたら歩いて行って、彼が接客している間に姿を見るだけだけど。 細やかな幸せ。それで充分だ。 多くを望めば、多くを失う。16年間生きてきた僕の教訓。 さて、彼のいない店の前なんてさっさと通過―― 「ハロウィンに出そびれちゃったオバケちゃん、半額でーす」 不意に聞こえた声に思わず振り向いたら、目が合ってしまった。 僕が好きな店員さん! えっ、なんでいるの!?
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