人間解禁

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 そんな僕に、ひとり大切な親友がいた。  圭介だ。  圭介は保育園時代からの友だちで、小学から高校まで、ずーっと同じクラスだった。  圭介の父親はお寺の住職で、母親は看護師だった。  僕はよく圭介の家に遊びに行き、圭介の両親に勉強を教えてもらったり、圭介と、2歳年下の彼の妹、美知と3人でいっしょ遊んだり、食事をご馳走になったりした。  圭介の両親は、自分の子どもと分け隔てなく僕を可愛がってくれた。  僕の母が仕事で夜遅くまで帰って来られない時は、圭介の家で夕食をご馳走になり、宿題をして風呂に入り、泊めてもらった。  圭介の父さんは、優しく大らかな人柄だったが、自分の信念をしっかり持っている人だった。  道路にゴミを落とす人を見かけたら拾って片付けてしまいなさいという信念である。  人の生き方から自分の生き方を学び、実行することで成長するという信念。  人には人の事情があり、どんなに良かれと思ってしたことも、時と場合によっては思いがけない結果を生む。  逆にまた、非道だと思う言動を一概に咎められるほど、自分の考えや行いが常に正しいとは限らない。  人間は互いの命を尊重することによってのみ、自らの命をも大切に生きられるという信念である。  そんな圭介の父さんに叱られたことは一度もなかったが、一度だけ真剣に説教を聞かされたことがあった。  それは僕が間近に迫った受験に備え、寝る間も惜しんで勉強していた冬の日のことだ。     ある日曜の朝、圭介と美知がお寺の行事のために作った料理を僕にもおすそ分けしようと、家まで持って来てくれた。    圭介からその連絡を聞いていた母は玄関に鍵をかけず仕事に向かった。  僕は朝方まで勉強して、いつの間にか机に突っ伏して眠り込んでいた。  完全に眠り込んだ僕の手の動きで机からノートが落ちたらしく、運悪く近くにあった石油ストーブの火が燃え移った。 「起きろ! 巧! 」  圭介に激しく揺すぶられ、ハッと意識を取り戻したため大事に至らずに済んだが、少しでもタイミングがズレていたら僕は死んでいたかもしれない。  後日。  圭介の父さんは 「本末転倒、木を見て森を見ず」 という諺について具体的に説明をしてくれた。 「目的を果たそうと無理をし過ぎて、目的を果たす前に病気や事故で倒れることは、本人が残念なだけではなく、本人を応援し支援してきた人々の期待をも裏切るばかりか、本人が生涯かけて果たそうとした大きな仕事を少しもできずに終わってしまう。限りある人生の時間を大切に使うためには、焦らず計画的に自分の時間と健康を守りながら目標に向かうことではないか。真の幸せに向かおうとするなら危険な最短ルートは避けて、安全な道を遠回りすることも考えてみてはどうか・・・」      
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