01.悪役令嬢なので自力で片付けました

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01.悪役令嬢なので自力で片付けました

「よう、姉ちゃん。逆らうんじゃねえぜ」 「……うわぁ、テンプレ」  ぼそっと呟いた私の言葉は、幸い聞こえなかったらしい。破落戸風の男達に取り囲まれた状況で、私は異常なほど落ち着いていた。音にするなら「スン」って感じで。頭は別のことを考えていた。  どうしよう、私転生者だったみたい。流れ込んでくる前世の記憶を処理しきれず倒れることもなく、衝撃的な婚約破棄の言葉を浴びせられた直後でもなく……ただただ、ぼうっと道を歩いていて記憶が戻ってしまった。めまいや頭痛もない。  周囲を破落戸に囲まれ、前世の記憶に翻弄される私……あら? 一般的には大変な状況じゃないかしら。  か弱い貴族令嬢なら悲鳴を上げて倒れる場面なのに、この落ち着きよう。自分でも、何か違うと思うけど。仕方ないわ、貴族令嬢らしくない育ち方をしたんだもの。大量の前世の記憶は一瞬で私と融合し、ついでに気づいてしまった。 「これ、イベントだわ」  ぼそぼそ呟く私を捕まえようと飛び掛かった男を、一撃で沈める。股間を押さえて蹲る男と、蹴り出した足をそっとスカートに収納する私……呆然とする悪党ども。我に返って騒ぐ前に片付けましょう。 「皆さま、ご機嫌よう」  お茶会退出時の優雅な挨拶を披露し、摘んだスカートの内側に手を滑り込ませる。いわゆるガーターベルトで固定された鞭を手に、ひゅっと唸らせた。石畳の路地裏に、パシッと鞭の音が響く。にっこり笑った私の左手が振り抜いた長い革鞭は、男達を叩きのめした。  その間、わずか数分程度。呻きながら倒れた男達の股間を、丁寧に踏んでいく。こうして止めを刺せば、追いかけられる可能性が減ると教えられましたので。悪しからずご了承くださいね。かなり痛いと思いますが、前世も今生も女性なので彼らの激痛は理解できません。 「ふぅ、終わったわ」  ぐるりと見回し、裏路地に看板を見つける。逆さにした剣が薔薇を貫く不気味なデザインは、前世の私に心当たりがあった。小説『黒薔薇をあなたに捧ぐ』に登場する、悪役令嬢レオンティーヌご贔屓の情報屋じゃないかしら。表向きは居酒屋なのだけど、裏の建物が情報屋の本部なの。  ここに私がいたのは、あれよ。小説の前半で出てくる、ヒロインを悪漢に襲わせるイベントだわ。物語の全容は思い出せるうちに書き出すとして、ひとまず……帰りましょう。仮にもシモン侯爵家のご令嬢が単独行動する場所じゃないわ。  まだ左手に握る革鞭を片付けようとスカートを捲ったところで、人の気配を感じた。握りをしっかり確認して振り返る! と、そこには黒髪の美形が立ち竦んでいた。右手を剣の柄に乗せていたが、目を見開き硬直している。 「誰?」 「あ、いや……その……先に足を、しまってくれ、ないか?」  ぎこちなくも要求を伝えられ、私は慌てて右手で掴んでいたスカートを離した。足首まで届く長いスカートが、私の素足を隠す。捲り上げたまま、固まっていたのは私も同じだった。  足元から聞こえる破落戸の呻き声、スカートの襞に隠しきれない使い込まれた革製の鞭――どう見ても私が加害者、それもSM女王系の変態じゃない!! 頭を抱えて泣きだしたい気持ちで目を逸らした。
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