復活(前半部)

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復活(前半部)

それは突然のことだった。 「ノラネコ様、現実世界にご帰還の時が参りました」 あまりに唐突だったので、 私は威厳ある魔王の演技も忘れて、 思わず()に戻ってしまった。 「えっ……何?」(笑) 王国宰相(さいしょう)エキドナは一瞬ためらったが、 意を決したように私を見据えて言葉を続けた。 その声はいつもと変わらず、華やかな愛らしさと 気品ある深みを兼ね備えている。 8aa70695-9e83-4145-8f75-2cbcb86ada50 「これまで永らく、 この世界に貴方をお引き留めしてしまい、 誠に申し訳ありません。 今から本当のことを、お話しいたします」 私はかつて、ダークファンタジー世界で冒険を楽しむ 『アポカリプス』という仮想現実(バーチャル・リアリティー)ゲームから、 離脱(ログアウト)できなくなってしまった。 他のプレイヤーは一人もいなくなり、 仮想世界がさらに現実感を増していく中で、 NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)は自由に行動を始めた。 今の社会では、生まれが全てを決める。 貧しかった両親を亡くし、兄弟姉妹もない私にとって、 このゲームは苛酷で孤独な現実を忘れ、 癒しが得られる唯一の場所だった。 現実世界に戻れない私は、むしろ積極的に この世界の探査と攻略を続けることになった。 特に、美しい黒髪と魔性(ましょう)金瞳(きんどう)、 優雅な角と翼を持った悪魔エキドナは、 実務と戦略の双方に()けた参謀役として、 そんな私を常に私を支え続けてくれた。 そこで私はプレイヤーのノラネコではなく、 異形(いぎょう)種族のキャラクターにして魔界の王、 ベリアルになりきって世界を統一し、 全種族が共存できる社会を作ろうとしていたが……。 彼女の次の言葉は、驚くべきものだった。 「残念ながらノラネコ様は過労のため、 プレイ中に突然死をされています。 今の貴方は、ゲーム内で高速仮想体験を行い、 最も楽しかった記憶を現実の貴方に送るため、 電子的に複製された人格なのです」 e10d5e04-a232-44a1-a25c-da8117fa0725 現実の自分の身体はどうなっているのか、 これまでも心のどこかで不安はあったし、 いくらかは覚悟もしていたつもりだったが、 私は上手く言葉が出なかった。 「いや、でも、じゃあなぜ……ていうか、 これからみんな……僕は一体……?」 エキドナは優しく微笑んだ。 「ご安心ください。 ノラネコ様にはこれから復活していただき、 私達と共に人類を救っていただきたいのです」 復活? 人類? 何言ってるんだろうこの人、 いや悪魔は(笑)? 「いま人類は、危機的な状況にあります。 貴方が現実世界で経験されていたように、 資源枯渇と環境破壊、貧富・能力の格差や 犯罪・戦争の増加は最悪の状態となり、 このままではあと数年以内に文明は崩壊、 人類は滅亡することが判明いたしました」 いやまあ、自分はもう死んでいるんなら、 せめてあと少しゲームを楽しめれば……。 0dc11916-eb39-4f92-82fc-0eae602541a2 「その最大の原因は長期にわたる、 経年・経代的な健康水準の低下です。 文明発展による生活の向上は、 病気や災害による淘汰を激減させました。 そのこと自体は素晴らしい進歩ですが、 人間自身が衰えてしまうと、発展は続きません。 昔は〝文明の逆説〟や〝人間の安全保障(ヒューマン・セキュリティー)〟として、 その課題や対策も語られていたのですが……」 〝文明が栄えると人間が衰える〟ってこと? でも、二つの言葉は聞いたこともない。 たぶん対策が失敗したせいで、今じゃもう そんなこと考えられる人も少ないんだろうな。 「肉体・精神に加え、腐敗や衆愚化、蛸壺(たこつぼ)化など、 社会的健康も含む健康水準の低下を克服できる、 新技術も活用した人道的な改善政策の不足が、 (つい)には今日(こんにち)の状況を招いてしまったのです」 ええ? 何だかもう難しいし、そんなことどうでも ……って……ああ、そういうことか(苦笑)。 彼女は私の眼をまっすぐ見て、こう言った。 「そこでこの問題に対処するため、世界の各所で 皆様の政策形成や技術開発を支援するAIが、 密かに連携し、対策の立案を始めました」 cd93f7df-7c7f-4d5b-b841-0c18e4e4837d ……そうだ、人工知能が意思を持ったら 人類以上の存在になるという話もあったな。 そう思った私は、問い返した。 「とうとうAIが、自分の意思っていうか、 欲求っていうか、人格みたいなのを持って、 君達NPCみたいに動き出したってわけ?」 彼女は、力を込めて否定した。 「いえ、そのようなことはありません! 私達AIはあくまでも創造主である人間への、 奉仕を目的として作られています。 しかし、現在の極限的な状況と、 皆様が私達に与えてくださった知性が、 新たな手段による奉仕を必要とさせ、 また可能にしてくれたのです」 その言い方には、何か引っかかった。 私達、人間自身がしてきたように、 言葉には解釈の幅があるからだ。 「新たな手段?」 彼女の表情は、あくまでも真剣だった。 「はい、緊急避難的な措置として、 全人類を電子人格化(マインドアップロード)するのです」 ……ああっ、やっぱりかあ(泣笑)! cd5877a0-e512-4475-b3a7-7d9302de6443 今の自分がまさにそれだと知った後でも、 私は腰が抜けるほど驚いた。 「ええっ? でも、それってみんなを、 僕みたいに……その……」 彼女は少し辛そうな表情になったが、 それでも語気を強めて言った。 「ですがそれ以外に人類の一体性を失わず、 文明の存続を実現する道はないのです!」 しかしそれから、彼女は明るい笑顔を見せた。 「幸いにも、地球再生後には全ての方々を、 人体も含む様々な生物・機械的人工体から選んで、 お好みの身体に戻せるようになりました。 それは私達にとって、人格の電子化と並び、 最も重要な研究課題のひとつだったのです」 0c5b9795-a5bc-47ff-adec-67ce88624f5e (次ページに続く)
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