あの日の金色

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  今よりも逞しい腕を伸ばして、美里が高いトスを上げる。  助走をつけて、そのボールに飛び込んでいったのは、未来の私だった。  力強く足を踏み込み、背中に翼をつけたように大空に舞い上がる。  その時、心に嵐が巻き起こり、懐かしい情景が浮かんだ。  ロンドンオリンピックの黒木選手のスパイク。  私はボールに全てのエネルギーをぶつけるように、思いっきり腕を振る。  苦しさや、悲しさや、楽しさや、嬉しさ。  経験してきた色々な感情がその腕に込められていた。  その瞬間、私の心臓も強く叩かれた気がした。     「バコンッ」  凄まじい破裂音が静かな体育館に響き渡り、風を切ったボールがコートの真ん中に落ちる。  私は放心状態のまま固まり、気が付いたら涙が溢れていた。  「もう1本!」  未来の自分が汗を拭いながら大きな声で叫ぶ。  ここに至るまで、どのくらいの痛みや苦しみを経験したのだろうか。  未来の私の姿は、黒木選手と同じくらい、カッコよくて素敵だった。  人に勇気と希望を与える存在がオリンピック選手なら、目の前にいる私は正にそうだ。  私は制服の袖で溢れる涙を拭った。  まだ、やれることは沢山ある。  過去に戻ったら、手術をして、美里にリハビリを手伝ってもらおう。  少しずつでいい。無理だと言われてもかまわない。  私は生きている限り、高みを目指したい。  だって、前を向いてバレーをしている自分が大好きだから。    「私も頑張るね。貴方たちも頑張って」  私は微笑んで、ゆっくりと階段へ向かう。  扉の取っ手に残された金色のリボンが、あの日見た金メダルのように美しく輝いていた。
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