あの日の金色

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 夢を見つけたあの日から、今年で8年。初めは下手くそだったが次第に上達していき、高校3年生になった私は強豪校でレギュラーの座を勝ち取るまでに成長していた。  「おーい。結衣。なにぼーっとしてんの?」  「なんだ、美里か」  「大会前なんだからしっかりしてよね」  「ごめん、ちょっと昔のこと思い出してた」  使いすぎて傷がついているエナメルバッグを下ろし、美里と一緒にバスの座席に座った。  今日は私たち高校3年生にとって重要な夏のインターハイの日。私の学校は、無事に予選を勝ち抜き、インターハイ出場を決めた。場合によっては、これが高校生活で最後の試合になる。会場行きのバスの中では部員たちの緊張感が伝わってきた。  しかし美里は緊張に慣れた様子で、マイペースにお菓子を食べている。同じバレー部に所属し、チームでは司令塔のセッターを任されている彼女は、小学生のころから有名選手だ。彼女もプロで活躍することを目指しているが、私よりも先に有名な実業団チームに所属していた。  新作のグミを美味しそうに頬張りながら美里が尋ねてくる。  「そういえば、結衣も実業団から声かけられたんだって?」  「うん」  インターハイ予選で活躍を見せたおかげか、有名な実業団チームのコーチから声をかけられた。話によると、インターハイの結果次第で私のスカウトが決まるそうだ。  その団体には憧れの黒木選手がいる。頑張って活躍すれば一緒にバレーができ、オリンピックでメダルを目指せるかもしれない……    「死ぬ気で結果を残さなきゃ」  「結衣の顔怖い」  「大丈夫。もし死んでも勝てばいいだけ」  「もう、落ち着きなって」    美里に頬をつねられ、あまりの痛さに我に返った。その姿を見て、美里はゲラゲラ笑い、それに対して怒っていたら、あっという間に会場に着いた。  周りには全国有数の強豪校が沢山いて、それだけで背筋が真っすぐ伸びる。  控室に着いたら怒涛の忙しさだ。軽く準備運動をして、コーチからの話を聞いて、開会式へ。落ち着く暇もなく、私たちのチームの試合が始まろうとしていた。  両チームの声援が四方八方から飛び交い、自分が背負っているものを実感する。私はこの緊張感が好きだ。  しかしコートに入った瞬間、自分でも分かるくらい緊張していた。手は氷みたいに冷たいのに、顔は熱を帯びていて、暑いのか寒いのかよく分からない。  心臓の鼓動がどんどん早くなり、私を飲み込もうと迫ってくる。  なんだか、いつもの自分じゃなかった。    「結衣、いつものスパイクよろしくね」  「うん」    美里に背中を叩かれ、引きつった笑顔で頷いた。  いつものスパイク……ってどんなのだっけ。  試合開始の笛が鳴り、相手チームのサーブが飛んでくる。   とにかく正常に動こうと足を動かし、声を出してボールを呼ぶ。  美里が誰よりも打ちやすいボールを私の元に上げる。  何回も打ったボールだ。大丈夫、大丈夫。  あの時、黒木選手が空を舞ったように、私も空を舞える。何万回も飛んできたんだ。絶対に決めてやる。  思いっきり踏み込んで、全身の力を腕に込め、鞭のように鋭く腕を動かした。  しかし上手くボールに当たらず、弱々しく弾かれたボールはすぐに相手チームに拾われる。  色んな焦りと不安が一気に襲い、着地する足のバランスが大きく崩れた。  左足に全ての負担が重くのしかかり、一瞬で血の気が引く。    「プツン」  何かが体内で思いっきり弾ける音がし、コートに倒れ込んだ。  左膝のあたりに感じたことのない激痛が走り、冷や汗が止まらない。  呼吸をしようとしても、上手く酸素が吸えず体が小刻みに震える。  あちこちから悲鳴が聞こえ、誰かが「救急車!」と叫ぶ声がサイレンのように鳴り響いた。  「結衣!」とチームメイトが何度も呼ぶ声が次第に遠ざかり、視界が霞んでいく。  誰もいない暗闇の世界で嗅いだ香りは、夢が枯れる匂いだった。
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