あの日の金色

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 「貴方のこと知ってます。いつも駅前にいますよね!良かった。知っている人に出会えて。私の知らない場所なのかと思って、不安になってたんです」  「なるほど。お嬢さんは過去から来たんだね」  「え?」  老婆はポケットから虫メガネを取り出し、私の顔に近づけた。  顔の毛穴まで見られる勢いで、私は慌てて顔をさらした。  「お嬢さんは2022年から未来行きの電車に乗って、2025年にやってきたのさ」  現実では絶対に起こりえない話のはずだが、老婆の深く刻まれた皺や紫色のローブ、銀色に輝く髪の毛が魔法使いのように見えてきて、おとぎ話の世界に迷い込んだ感覚になる。  「どうやって電車に乗ったんだい?あの電車は魔物しか乗られないんだよ」  「えっと……よく分からないんですが、通学の電車と乗り間違えたみたいです」  「乗り間違えた?」  老婆が目を丸くして、ぷっと噴き出した。目尻と口角の皺が一気に深く刻まれる。  「あはは。乗り間違えたのか。そりゃ、面白いね」  「……もしそうなら、私、早く帰らないといけないんですけど」  「帰るのは簡単さ。帰りの電車のチケットも渡しておこう」  「……ありがとうございます」  渡された白色のチケットには、2022年池袋行きと黒字で記載されており、光にかざすと赤色に輝いた。  この老婆を完全に信用したわけではないが、面白そうなので話を合わせてみることにした。  貰ったチケットを無くさないようにしっかりとお財布の中にしまう。    「せっかく未来に来られたんだから何かしてから帰ってみたらどうだい?」  思ってもみなかった提案をされ、私は戸惑った。未来に来たらやりたいこと?  一人で首を傾げている私に、老婆が大きく手を叩く。  「そうだ、これをあげよう」  老婆が机の引き出しの中から、一本のリボンを取り出した。まるで星を閉じ込めたように黄金に輝くリボンに胸が高鳴る。  老婆は細く繊細な手で、私にリボンを握らせた。   「このリボンは、お嬢さんを素敵な場所に導いてくれるリボンさ」  「ありがとうございます」  綺麗なリボンを眺めていると、手の中でリボンが輝きを増し、少しづつ熱を帯びてくる。  「1つだけ忠告をしておこう。未来の人間に話しかけてはいけないよ」  そう呟くと、老婆は楽しそうに手を振った。  「さあ、行っておいで」  その声に反応するかのように、手の中のリボンが強く反応し、私の体がふわりと浮く。次の瞬間……  「えええ?」  手の中のリボンが竜のように一気に上空へ駆け上り、私もそのまま連れて行かれる。  リボンを離したかったが、気づいたころには人や建物が米粒くらいの大きさになっていた。こうなったら意地でもリボンにしがみつかなくてはならない。  リボンで空を飛ぶなんて、随分と素敵な話だが実際にはそんなことはない。  操縦が下手なパイロットの飛行機のように、上下左右に不規則に揺れるリボンでの浮遊は優雅なものではなかった。  眼下に広がる日常の風景を観察する余裕も全くなく、ただひたすら地上に降りるのを祈っていた。  夢の世界に迷い込んだのなら、夢に浸らせてほしいものだが、そう甘くはないらしい。  人生初の飛行体験を終えたころには全身が疲れ切っていた。
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