あの日の金色

1/9

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
   出会いとは本当に偶然だ。  「結衣。今からロンドンに行くよ」  「なんで?」  「親戚に女子バレーのチケットを譲ってもらったの。決勝戦の試合が見られるよ」  「……へえ」  「あと1時間しかないから、早く支度して」  私はぼーっとしながら、慌ただしく渡航準備をするお母さんを眺めていた。  2014年夏のロンドンオリンピック。日本女子バレーは順調に勝ち進み、ついにブラジルとの決勝戦を迎えていた。  小学4年生だった私は、夏休み中ずっと家でゴロゴロしており、母親はなんとか外に出そうとしていた。    「お父さんは仕事終わってから合流するって。さ、行こう」  「鬼の行動力だね」  「行動しなきゃ幸運は巡ってこないよ」    私はお母さんの言葉に不思議と納得してしまい、リュックにお菓子やパジャマを急いで詰め込んだ。  人生でこんなにも突発的な冒険はあるのだろうか。  家から飛び出して、飛行機に乗ってロンドンへ。不安や戸惑いもあったが、クラスの誰も経験していないような秘密の冒険のような気がして、ワクワク感が込み上げてきた。    次の日の夕方。ロンドンの試合会場に到着してから、私は何度も辺りを見渡した。広い会場の中に、色んな国籍の人が集まり色んな言語が飛び交っている。大勢の期待が渦巻く会場は異空間だった。オリンピックの映像はテレビで何度か見たけれど、実際に会場に入ると熱気が肌で感じられて頬が熱くなった。  審判の笛が吹かれ、日本対ブラジルの試合が始まる。バレーのルールは知っていたが、日本選手の名前までは知らなかったため、親の掛け声に真似て名前を叫んだ。  第1、2セットは日本が取ったものの、第3,4セットはブラジルに取られ、迎えた第5セットは日本25対ブラジル24。あと1点で日本の勝利が決まるものの、油断ができない場面だった。  1番のエースである黒木選手が鋭いスパイクを打ち込むが、鉄壁と呼ばれるブラジルのブロックに弾かれてしまう。「ボコンッ」という大きな破裂音がコートに響き渡り、全身で身構えた。  「うわあ、怖い」  「凄い音だったね」  後衛の選手が床に落ちるギリギリのところで手を滑り込ませてボールを上げる。  見ているこっちも手汗がじわじわと溜まり、心拍数が上がった。思わず一緒に戦っている気分になって、自分も手と足をじたばた動かしていた。  必死に繋がれたボールが再び背番号1番黒木選手の元に運ばれる。  「お願い」  私は両手を胸の前で合わせてぎゅっと握りしめた。日本中が手を握りしめ、震えながら彼女にエールを送った瞬間だった。  さっきよりも早いテンポで助走を始め、獲物を狙うチーターのように素早くボールに向かう。足のバネで大空に羽ばたいた彼女は、一本の光の剣のように、力強く腕を振り落とした。  その瞬間、私の心臓も叩かれた気がした。  目の前に立ちはだかる3枚のブロックを破壊して真っすぐにコートを突き進んだボールは、相手陣地の真ん中に落ちた。  「日本金メダル!!」  会場が歓声で揺れ、気が付いたら両親と前に座っていた老夫婦ともみくちゃになりながら抱きしめ合っていた。  ベンチに戻った黒木選手が汗を流しながら客席に大きく手を振る。  滴る汗が流れ星のように頬を流れていた。  背が高い大人たちの隙間を見つけて、私は必死に手を振り、彼女にアピールした。  気のせい……いや、絶対に気のせいではない。   彼女は私を見つけて、こう言ったんだ。  「いつか一緒にバレーしようよ」って。  私の夢が呼吸して、私という生命が輝きだした瞬間だった。          
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加