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「宗隆、もう別れよ」
僕と宗隆が向かい合う、静かすぎる部屋には、淹れたばかりの珈琲の湯気が暢気に立っていた。その向こうにいる宗隆を真っ直ぐに見ることは出来なくて、僕は視線をテーブルに落とした。
視界の端に、鞄のポケットに入れたままの合鍵が見える。キーホルダーの黒ネコは、少し淋しそうに見えた。
……或いは、僕の心がそう見させているだけなのかもしれない。
「……なんで?」
「……。宗隆だってもう分かってたでしょ?終わりが近いこと」
「……」
宗隆はどんな気持ちでいるのだろう。 願ったり叶ったりだと思っているだろうか。僕を捨てれば、後味が悪くなるから。だから僕から別れを切り出すように時間をかけて徐々に仕向けていたのだろうか。
……なら、僕が宗隆のために出来ることは、宗隆を解放してあげることだけ。
女の子と付き合うのとは違う、僕達の関係には、未来もゴールもない。
このまま付き合い続けるか、終わらせるか。いつだってその二択しかないんだ。
宗隆は僕とは違う。 普通の幸せを、普通に手にする権利がある。それを僕が、同性しか好きになれない僕が、邪魔するわけにはいかない。宗隆を、道連れには出来ない。
泣くな、って自分に言い聞かせる。まだ宗隆が好きだって叫び出したくなるのを必死で堪える。
「……もう、疲れたから」
疲れた、それは紛れもない本音だ。 でももっと本音を言えば、例えどんな宗隆でも僕はずっとずっと傍にいたかった。
そっけなくても、都合良く扱われてもいい。
身体だけの関係だって構わない。
なのに触れることすらしてもらえない僕には、きっともう何の価値もない。
宗隆を好きになった代償。自業自得。
そんな言葉が浮かぶ。 宗隆にとっては好奇心に唆かされた、寄り道みたいな付き合いだったのに、それをわきまえずに本気で想い続けたのは、馬鹿な僕。
この焼けるような悲しさや苦しさは、全部身の程知らずな僕への罰なんだろう。
分かっていたつもりで、何も分かっていなかった。人を好きでいることは、こんなに……。
「……僕達もうすぐアラサーとかになってくるし、宗隆はまたちゃんと女の子と付き合うべきだよ」
「……」
心を自分で抉るような言葉、それを笑顔で話す僕は、きっともう何かが壊れてしまっているのだと思った。
でも、それでも僕も、宗隆も、ここにずっと留まり続ける訳にはいかない。 宗隆は何か言いたそうな顔をして、それを飲み込むように視線を落とす。
何も言わずただ真っ直ぐな目で、何もないラグの模様を見つめていた。
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