『猫に合鍵』

3/21
前へ
/22ページ
次へ
友達になって二年目、大学二年生の夏。 それを打ち明けようと思ったのは本当に思い付きだった。 講義の後に二人だけ取り残された教室。眠そうに参考書をしまう彼の横顔を見ていたら、胸が軋んだ。 きっと、楽になりたかったんだと思う。 宗隆が好きだなんて言えない。 自分の恋愛対象が同性であることを打ち明け、拒絶されれば少しは諦めがつくと思った。彼は違う世界の人間なんだと思い知れば、この想いもいつかきっとどこかへ消えてくれる。そう思った。はち切れそうに膨らみ続ける想いは、いつもどこか逃げ場所を探していた。 「あのさ、宗隆」 「んー?」 間延びした声には、欠伸が混じっている。 「……引かずに、聞いてもらいたいんだけど」 「おー」 段々と自分の鼓動が早くなっていくのがわかった。手に汗が滲む。 「皆からかうじゃない、僕のこと。女に興味ないのかって」 「あー」 「……あれ、ほんとにそうなんだ」 引かずに聞いてもらいたいということ自体、贅沢な願いだと分かっていた。きっと、こんな僕のことを宗隆は気持ち悪いやつだと、そう思うだろう。 誰だってそうだ。それが普通なんだと自分に教えてやりたくて、必死に笑顔を作る。宗隆が今どんな表情をしているかなんて、考える余裕はなかった。 「何が」 言ってる意味がまるで分からない、という顔で宗隆が僕を見る。 「……女の子に興味ないんだ、僕。……好きになるのは、同性だから」 耳にまで届く心臓の音が激しくて、俯いたまま張り付けた笑顔は歪んでいるような気がした。 それから、僕が好きなのは宗隆。 今にも飛び出しそうな言葉は胸の奥に秘める。 僕が同性を好きなことと、宗隆を好きなこと。二重に気持ち悪い思いはさせたくなかった。 「……」 一秒にも永遠にも感じる時間の後で。 「そう」 彼から返ってきたのはたったそれだけだった。 たった、それだけ。 思わず顔を上げた僕の目に映る宗隆は、いつもの宗隆だった。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

145人が本棚に入れています
本棚に追加